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油控えめ万博世代・40代の映画日記。



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油控えめ40代映画好き。普通のおじさん。
嫁一人、大学生の息子一人、ネコ一匹。最近、ウサギのポコとモモが冥界へ旅立ち、3人と1匹の我がB型家族。40代も半ばになり、楽しかった70年代に思いを馳せる今日この頃です。仕事はかっこよく言うとIT関係。でも給料は下がる一方。(トホホ・・・)
Profileの写真は、私じゃなく我が家のTORAが車から雪景色を眺めているところ。



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ほたるの湯       ああ、いいなぁ 
ほたるの湯


今日は、1日お休みを取り和歌山の方に出掛けた。
20歳代前半の頃、お世話になった先輩に会うのが目的であった。

昔々、会社に入社した頃は、大阪城の近くにあるビルに勤めていた。私たちの仕事は、コンピュータを使って社員の給与計算をしたり、経理や固定資産管理、建設工事の積算など社内業務システムの設計や運用を行っていた。入社した時、私はそのコンピュータシステムのオペレーターとして配属された。職場には6つほどの係があり、当時100人ぐらいの社員がいた。今日会った先輩は、その中の資料管理という担当の方で、システムの入力となる帳票、電子データの受付やアウトプットの仕訳・発送をされていた。私の職場で処理して印刷した帳票を毎日のようにその資料管理に持って行った。そのほかの係とも行き来はあったが、特に資料管理係との関わりは多かった。
今日、お会いした先輩は、私が入社する前からおられた本田さんという女性と、入社して4年ぐらいの頃に転勤されてきた川口さんと丸谷さんの3人。本田さんは私より一回り上、川口さんと丸山さんは6つ上の先輩。当時は、この3人の先輩には大変可愛がっていただいたし、お世話にもなった。私は、職場で一番若かったこともあり、何かと皆さんに可愛がってもらった。当時の私の愛称は「キーボー」。みんな、私のことをキーボー、キーボーと呼んでいた。
当然ながら最近はそう呼ばれることはないが、その当時お世話になった先輩に会うと今でも皆さん「キーボー」と呼ばれる。50歳手前になり、懐かしいような気恥ずかしいような感じだ。

当時は、1980年代。今から30年ほど前になる。まだ、パソコンも普及しておらず、携帯電話もなければインターネットなんてものもなかった頃だ。世間ではキャリアウーマンなる言葉が出始め、バリバリ仕事をする女性が増えてきていた。芸能界ではピンクレディや山口百恵さんが全盛で、西条秀樹がYMCAを歌っていた。今ほど時間の流れも速くはなく、不況不況と耳にすることもない活気のあった時代だった。
今、3ヶ月でする仕事も当時は1年ぐらい掛けていたんじゃないだろうか。良いか悪いかは別として、個人情報保護、コンプライアンス、セキュリティなんて言葉もないし、最近は日常茶飯事になってしまった自殺も少ない心のゆとりがある大らかな時代でもあった。
そんな時代だったので、職場もアットホームな雰囲気で、お互いに助け合うといった良い環境で仕事をしていた。必要以上に時間に追われることもなく、きっちり決められた仕事をして、早く仕事が終わった日はみんなで飲みに行ったり、週末や季節の折々に遊びに行く機会も多くあった。高額な給料をもらっていたわけではないが、今のようなギスギスした雰囲気は皆無の幸せな時代だったと思う。

今日お会いした3人がおられた資料管理という係は資料管と呼ばれていて、私が資料を持って行くと、「キーボー、ケーキあるから食べていき。」とか、面白い話があれば「お茶飲んでいき。」とか、長居してしまうことも、しばしばあった。それも場合によっては1時間、長いときなら2時間と話し込んでいた。今では考えられないような話だが、十分仕事もこなせたし、それで説教されるようなこともなかった。何とも良い時代だった。
本田さんは何でも話しやすいお姉さんのような人で、常に明るく話好きで、いつも「ガハハ!」と笑う楽しい先輩。資料管には、本田さん以外にも二人女性がいて、明るくて楽しい係だった。ある日の昼休み、ビルの前にある高速道路の向かい側の道を歩いていると、聞き馴染みのある声が聞こえてくるので声のする方角に顔を向けると、本田さんが「キーボー、どこ行くの?」と大きな声で呼んでいた。こちらも大きな声で「銀行にお金おろしに行くところ。」と答えると、「サフランのシュークリーム買ってきて~」と本田さん。「OK!」と返事をして銀行に行った。当時、組合の役員をしていたので、その役員手当ての5千円を引き出しに行くるところだった。5千円を引き出して、その半分を使ってシュークリームを買って帰った。あーあ見つかっちゃったと思ったが、その後みんなで楽しくそのシュークリームを食べた想い出がある。そんな感じで、若くて金もなかったが、毎日が本当に楽しかった。
川口さんや丸谷さんは年齢的にも一番近い先輩だったので、やはり何やかんやと声を掛けてもらったし、一緒に遊びに行ったり、飲みに行ったりしていた。川口さんには、結婚した時に引越しの手伝いまでしてもらい、面倒見の良い気さくな先輩だった。

本田さんは、今は同じビルで仕事をしているので顔を見たり挨拶はしているが、中々ゆっくり話す機会もなかったし、川口さんとは10年ぐらい会っていないし、丸谷さんとは20年ほどお会いしていない。そういう訳で、今日お会いするのは本当に楽しみだった。今日の計画は、豪快な本田さんに声を掛けてもらったので、これまでのように情報も少なく、丸谷さんと会えることは知らなかった。良いように思えば、サプライズになって良かったと思う。

今日、先輩と訪れた先は、和歌山県有田郡広川町にある滝原温泉・ほたるの湯という広川町が運営している温泉である。食事も出来てゆっくり温泉にもつかれるところだ。場所は川口さんが事前に調べてくれていた。さすが、気配り目配りの川口さんである。
丸谷さんの車で現地に到着したのが11時頃。先ずは4人で昼食をとった。何やかんやと昔からの思い出話に花が咲き、3時間ぐらいかけて食事をした。当時のエピソードやそれぞれの近況を話したり、皆一様に年をとって体のあちこちにガタがきたとか、他愛もない話は中々尽きることはなかった。
皆 年はとって見た目も年齢相応になってしまったけど、話をしているときは当時に戻った感じがして、懐かしくもあり嬉しくもあり、良い時間を過ごせた。
話は尽きなかったが帰る時間もあり、その後ゆったり温泉につかり帰路についた。温泉は露天風呂もあり、結構広々として気持ちの良いものであった。天気も良く、柔らかな日差しを浴びながら露天風呂にのんびりつかるのもまた格別だった。なんともゆったりして、昔話も出来、有意義な1日になった。
本田さんや川口さん、丸谷さんに感謝感謝である。

川口さんが、「昔の仲間に会うと自分が当時に戻れるのが嬉しい」と言っていたが、本当にその通りである。昔ばかりを見て懐かしんでいるというわけではなく、たまにそういう機会があると、普段の嫌なことも忘れられるし、またそういう機会があると思うと普段の生活も楽しくなる。
たまには、昔を懐かしむだけでなく、実際に顔を見て馬鹿話をする機会を設けるということは、本当に良いことだ。
昔の仲間と顔を合わすことで良いストレス発散になる思うので、最近、楽しいことがないと嘆いている人は、是非そういう機会を持って欲しいものだ。

という訳で、本田さん、川口さん、丸谷さん、今日は本当にありがとうございました。
次の機会を楽しみにしています。

P.S. 関西近郊の方へ「ほたるの湯」情報は、下記のURLにアクセスしてください。
http://www.zc.ztv.ne.jp/hotaru/index.html
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blogblog ああ、いいなぁ / 2010.01.30 02:09 / TB[0] / CM[0]


ふたつの花       ああ、いいなぁ 
ふたつの花

以前からいもとようこさんの絵本のファンだが、新しく出版された『ふたつの花』という絵本が本当に素晴らしい。
みんな絵本は子供の読むものという感覚があると思うが、いもとようこさんの作品は大人にも是非読んでいただきたい内容なのだ。生きていくことは、楽しいことばかりじゃないし、傷つけることもあれば傷つけられることもある。いがみ合うことだってあるかも知れない。でも生きていることは素晴らしいことだと、この絵本は短い言葉と優しい絵で教えてくれる。
不覚にもこの絵本で目頭が熱くなった。年をとったせいもあるかも知れないが、絵本を読んで涙がでてくる経験はしたことがなかった。この本だけでなく、『いつもいっしょ』や『花の髪飾り』、『ずっとそばに』もそうである。私の本棚にはこの4冊の絵本がある。たまに表紙をめくると何とも暖かい気持ちになる。本当に素敵な作品だ。

あれこれ理屈を言うつもりはないが、だまされたと思って一度この本を読んで欲しい。あー、生きてるって良いなぁときっと思うはずだ。

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blogblog ああ、いいなぁ / 2010.01.24 17:20 / TB[0] / CM[0]


針のない時計       ああ、いいなぁ 


どうしても欲しくて買ってしまった。そんな高いものではないが、一目で気に入った。ボーっと見ればなんてことないのだが、何かが足りないのだ。そう、時計に付き物の針がないのだ。
その代わりに小さなボールが7時と8時の間にちょこんと乗っかっている。このボールが時間を示している。写真の状態だと8時に寄っているから大体8時45分ぐらいだ。きちんとした時間は分からないが、大体の時間は分かる。もちろん時計自体はおくれることもなく正確に時を刻んでいる。究極のシンプルさが良いのである。

Abacus_02.jpg

人間は、時計がなければ朝起きてお日様が昇る位置を見て、もうすぐお昼だなとか、5時ごろかなと察しをつける。時計があると、あと1分で済まさないといけないだとか、あと1分で電車に乗り遅れるとか、常に時間に追われて生きている。もちろん社会生活をする上では大事なことだが、何でもかんでも時間に縛られるのも息苦しい。正確な時間がわからないと不便な時もあるけど、ああこんな時間かとアバウトで済むことも多いだろう。あの小さなボールを見ているとゆっくりとした太陽の動きのようで、なんともゆったりした気分になる。不便さは時に優雅だ。その不便さを楽しんでいるところが気に入ったわけである。

Abacus_00.jpg

ちなみにこのボール、磁石に吸いつけられてダイヤルの上を進んでいる。だから、少し振ってやるとボールが盤面を自由に転がる。転がって自分の時間に近づくと体を震わせて、ピタッととまるのだ。

ドイツ製のこの時計ABACUSとい名前の時計だ。いくつかタイプがあって、ユニークだ。「ABACUS 時計」で検索すればヒットするはずだ。


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blogblog ああ、いいなぁ / 2008.12.18 20:51 / TB[0] / CM[1]


不撓不屈       ああ、いいなぁ 
あー、良かった。
昨日、318球イニングにして21回、実に3試合分の投球をした上野投手が今日も先発でマウンドに立った。
相手は、宿敵アメリカ。過去のオリンピックでは一度も優勝できなかった宿敵だ。昨日の準決勝で延長の末に負け、3位決定戦で勝ちあがっての決勝である。
試合の結果がどうであろうが、日本の戦いぶりは金メダル級。でも勝って欲しい。勝たせてあげたいという気持ちで観戦した。

アメリカはエースのオスターマン。先攻は日本。初回はオスターマンの見事なピッチングで三者三振。そう簡単には勝てない強敵だ。その裏、不運な安打も絡んで1死満塁の大ピンチ。しかし、日本は守りきりピンチを脱出した。初回からしびれる展開だ。
2回は両者とも無得点に終わり3回日本の攻撃。三科は今大会初ヒットの二塁打を放ち、ノーアウト二塁のチャンス到来。峰の送りバントが成功し、一死三塁。続く藤本は三振で二死三塁。ここで狩野がカウント2-2からショートへの内野安打を放ちついに先制。

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さらに4回、狩野がホームランを放ち2-0にリードを広げる。その後、2アウトになったところで雨のため試合が18分間の中断。行け行けの日本の攻撃に水を差す雨だった。
雨が上がり再開直後の4回にアメリカの主砲バストスのホームランで2-1に。やっぱり、簡単には勝てない。
点数はそのままで6回まで試合が進み。この試合で2度目のピンチ。一死満塁のピンチだ。しかし、素晴らしい守備もあり無得点で抑えた。選手全員が一丸となって力投を続ける上野を盛り立てる。7回最後の攻撃で1点を追加し、リードを2点に広げ、いよいよ7回最終回の守備。泣いても笑ってもあと3人だ。

過去のオリンピックでサヨナラ負けに涙を呑んだ映像が頭に浮かぶ。先頭打者ジュンがヒットを打ち、ノーアウトのランナーを許す。最後まで手に汗握る展開だ。しかし、北京は過去のオリンピックとは違った。後続をアウトに仕留め守りきった。

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やったー!金メダルだー!
すごいぞ!日本!
上野を中心に抱き合う日本の選手達。解説をしていた元全日本監督の宇都木さんも涙声だ。

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2日間で400球を超える力投をやってのけ、全員が一丸となって悲願の金メダルを獲得した。
残念ながら北京大会でソフトボールは公式競技としては最後の試合となる。この素晴らしい感動をロンドンで観れないとは残念な限りだ。
この試合を見て、多くの感動を与えたと思う。勇気、不屈の精神、素晴らしく美しい姿を見せてくれた。

あー、ご苦労様。そして、本当にありがとう。




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blogblog ああ、いいなぁ / 2008.08.22 00:51 / TB[1] / CM[0]




女性だけが活躍しているとは言わないが、この大会では女性選手の素晴らしい闘志に毎日感動させられている。昨日はソフトボールのエース上野由岐子さんの熱投に感動した。
予選2位の日本は、午前中の試合で予選1位のアメリカと準決勝を戦った。先発はエース上野。力投で最終回の7回まで0対0。8回からはタイブレーク方式でノーアウト。ランナー二塁からイニングを始める。8回は0点で抑えたが、9回表に4点を奪われ、その裏1点を返すが惜しくも敗れてしまった。
アメリカはこの試合で勝ち決勝進出が確定した。日本は、予選3位のオーストラリアと予選4位のカナダの試合の勝者と戦い、その試合に勝てば決勝戦に進出する可能性が残っていた。予選3位4位の試合はオーストラリアが勝利し、夕方に試合を行うことになった。いわゆるダブルヘッダーだ。
この試合に勝たなければ決勝進出はない。上野投手は、すでに150球近い球数を投げている。

日本はエース上野に賭け、オーストラリア戦も上野を先発に起用し、連投することとなった。この暑い夏の日に100kmを超える力投で9回を投げきって敗戦した日に連投である。並みの精神力や気合では投げられるものではない。しかし、上野は先発をかってでたのである。かっこえー。
上野がすごかったのは、このオーストラリアとの3位決定戦だ。負ければ銅メダル。勝てば決勝戦に進み銀メダル以上の獲得がかかった大事な試合である。この試合で初回に先制点を許すが、4回裏の攻撃で広瀬が2ランホームランを放ち逆転。そのまま試合は進み、7回最終回2アウトでバッターはあと一人になった。誰もが勝ったと思った瞬間、最後のバッターが同点のホームラン。
同じ日に2戦とも先発で連投しての延長戦である。普通の精神力ならば、緊張の糸も切れてしまうはずだ。タイブレーク方式で10回まで両軍とも無得点。11回の攻撃で均衡が崩れた。オーストラリアが1点勝ち越し。もはやこれまでと思った裏の回に馬渕がタイムリーを放ち、また同点に。上野の力投を無駄にさせたくない粘りで12回に進む。

そして12回裏、日本の攻撃。一死満塁となり、ついに2番西山がセンター前にはじき返し、サヨナラ勝ち。
なんと、この日の試合で上野投手は300球以上を一人で投げきったのだ。
すごい!本当にすごい!気迫、勇気、根性。言葉に表せない凄さだった。

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いよいよ明日は決勝戦。今日敗れたアメリカと金メダルをかけて試合に挑む。
夜に今日のハイライトを報じる番組で、明日も上野選手が投げるだろうとの情報を耳にした。延長戦を2戦連投した翌日に投げるとは、本当に凄い精神力だ。
あー、金メダルを獲らせてあげてくれ!
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blogblog ああ、いいなぁ / 2008.08.21 00:56 / TB[0] / CM[0]



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