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油控えめ万博世代・40代の映画日記。



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油控えめ40代映画好き。普通のおじさん。
嫁一人、大学生の息子一人、ネコ一匹。最近、ウサギのポコとモモが冥界へ旅立ち、3人と1匹の我がB型家族。40代も半ばになり、楽しかった70年代に思いを馳せる今日この頃です。仕事はかっこよく言うとIT関係。でも給料は下がる一方。(トホホ・・・)
Profileの写真は、私じゃなく我が家のTORAが車から雪景色を眺めているところ。



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赤い風船 公開中       映画 
Le Ballon Rouge

以前、赤い風船」は良い映画だよ、という記事を書いたが、なんと映画館で公開されているらしい。今日WEBの検索して知った。
少し前から公開されていて、所によっては終わっているかもしれないが、同じくアルベール・ラモリス監督の「白い馬」と2本立てで上映されている。
赤い風船は1956年の作品で35分、白い馬は1953年の作品で40分とどちらも短編のずいぶん昔の作品だ。
でもその映像の美しさは50年経った今でも色褪せることはない。見たことのない人には是非見て欲しいすばらしい作品だ。白い馬はモノクロ、赤い風船はカラーの作品である。赤い風船は、フランスはパリの街が物語の舞台になっている。モノトーンの町並みを少年と赤い風船が歩いていく映像が本当に美しい。

LeBallonRouge_02.jpg

一言でいうと絵本のような映画なのだ。ストーリーも絵本のようにシンプルだ。
ある日少年が学校に行く途中、街灯に引っかかった赤い風船を見つける。少年が街灯から風船を外してあげると、赤い風船は少年の後を子犬のようについて回るのだ。

LeBallonRouge_01.jpg

学校に風船をつれてきたことが、気に食わない意地悪な校長先生に、罰として部屋に閉じ込められてしまう。赤い風船は少年のために校長先生の後を追い掛け回し、とうとう根負けして少年は部屋から出してもらえる。そのときに少年が見せる不安げな表情が、また良いのだ。

LeBallonRouge_03.jpgLeBallonRouge_04.jpg

蚤の市で鏡に映った自分の姿を見つめる風船。女の子の青い風船について行ってしまう赤い風船。
少年と赤い風船がパリの町並みを歩く姿がユーモラスに描かれていく。

LeBallonRouge_05.jpg

お話の結末は伏せておくが、ラストにパリの町中から集まってくる色とりどりの風船の映像がこれまた美しい。パリの暗い色彩の町並みに花が咲いたような鮮やかさは絵画を見ているような感じだ。

子供らしい良い表情のこの少年は、実は監督の息子さんでパスカル・ラモリス。白い馬や素晴らしい風船旅行にも出演している。
カンヌでも短編映画のグランプリを受賞した素敵な作品だ。
本当に素敵な映画なので是非是非見て欲しい。

LeBallonRouge_06.jpg





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blogblog 映画 / 2008.12.29 02:09 / TB[0] / CM[1]


ヒロシマナガサキを観て       映画 
HirosimaNagasaki.jpg

今日、TSUTAYAでヒロシマナガサキを借りてきた。広島・長崎で被爆した生存者14人と原爆投下に関わったアメリカの人達の証言に記録映像を合わせたドキュメンタリーである。アメリカの大手メディアHBOが出資し、昨年の8月6日、広島に原爆を投下した日に全米で放送された。監督はロサンゼルス生まれの日系三世のスティーブン・オカザキさん。英訳された「はだしのゲン」を読み、広島・長崎に投下された原爆に興味を持ち、1981年に広島を初めて訪れ、核の脅威を世界に知らせるため、25年の歳月をかけドキュメンタリーを完成させた。証言と記録を綴り、主観的なナレーションは一切ない。映像を見て、見た人が核兵器がどういうもので、原爆投下した時に何が起こったのかを知るために綴られている。

ヒロシマナガサキ映画の冒頭、渋谷駅前の風景が映り、若者達にある質問をする。「1945年8月6日に何が起きましたか?」誰も答えられる若者はいなかった。作為的な演出ではないかと思ったが、特典の監督インタビューで、取材をした時に本当に誰も答えられなかったのに日本のスタッフも驚いていたと語っていた。これは、若者の問題なのだろうか。若者でなく、大人に問題があるように思う。昔、私達の子供の頃、夏休みの8月6日か8月15日は登校日になっていて、校庭で黙祷した記憶がある。もちろん原爆の悲惨さは理解していなかったと思うが、今はそれすら行われていないところが多いと聞く。やはり、教育のあり方に問題がるように思う。監督も言っていたが、忌まわしい記憶を忘れたいのは人間の心理だが、この世界がいかに恐ろしい恐怖の上に成り立っているかを忘れないためにも風化してはいけないことだろう。君が代や国旗掲揚に反対し、護憲を唱えていながら、何ゆえ原爆の恐怖を伝えていく教育が後退しているのだろうか。

「はだかのゲン」の作者である中沢啓治さんは、「軍隊は持たない、戦争をしない、兵器を持たないと謳った憲法が出来て本当に良かったと喜んだと言われていた。この憲法九条と自衛隊の矛盾については過去より議論になり、改憲の動きも出ている。日本から戦争を仕掛けることはないが、攻められた時に丸腰では話にならないとか、日本はなんだかんだ言いながらアメリカの核の傘に守られているという話になる。ある意味それは事実かもしれないが、問題の本質は違うように思う。

攻めてくるかもしれないという疑心暗鬼が不幸なループを生んでいる。冷戦時代のソ連とアメリカが競って核兵器の配備を進めたのは、まさに攻められるかもという恐怖が生んだものだ。それに追随してフランスやイギリス、中国、インドと恐怖の連鎖は果てしない。今では、他国への威圧のために北朝鮮までもが核を保有しようとしている。日本が軍隊を持っても持たなくてもこの恐怖はなくならないだろう。
人間がこの地球上に生きている限り、戦争はなくならないという考えは普遍と信じているからだ。日本人の一般的な人の考えはどうだろうか。私には、誰も戦争を起こしたいと思っていないし、核兵器を持つことが幸福につながるとは考えていないと思う。自分の命は自分で守るという建前で成り立つアメリカの銃社会が、良い見本だろう。信頼関係を築く努力と戦争の無意味さを訴えていくことは幸福につながるが、疑心暗鬼はより悪い方向に向かうだけで何も生み出さない。

日本は、第二次世界大戦に敗れ、非核三原則を堅持し、戦争放棄した世界で唯一の戦争による被爆国だ。原爆で数十万の人達の尊い命が奪われ、大きな不幸にあった。日本は中国や韓国を初めとしたアジアの人達にも不幸を与えた。ハワイのパールハーバーにも奇襲攻撃を行った。日本人だけが戦争で不幸になったわけではない。世界中の多くの人々が、傷つき悲しむのが戦争なのだ。
たとえ時間が掛かろうが、すぐに結果が出なかろうが、私達日本人こそ世界に平和をうったえていけることが出来るのではないだろうか。

国が違えば風習も風土も違う。必然的に環境によってものの考え方も違うだろう。でもだからといって戦争はなくならないと考えるのは不幸だろう。以前、爆笑問題のテレビ番組で原爆に関する議論があった。その番組には被爆体験をされた方も出演されご自身の体験を語られた。その番組のなかで、ある文化人が、「残念だけど、核はなくならない。技術の進歩を試したくなるのが世の常だからなくなることはない。」と発言した。今のままでは確かにそうなのかもしれない。でも、それを変える試みもせず、そうですねという考えは受け入れがたい。

平和を望む真摯な姿勢はきっと伝わると信じ、地味で地道でもいいから日本は世界平和をうったえてほしい。ああ、日本人に生まれて良かったと思える活動をしてほしいものだ。

映画の後半にある被爆者の方がこう語っていた。

「体の傷と心の傷、両方の傷で苦しみながら生きている苦しみ私達だけで十分です。」

現在、世界で保有する核兵器は広島に落とされた原子爆弾40万発に相当する。
平和と信じている世の中は、そういう恐怖の上に成り立っているということをみんなが知らないといけない。

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blogblog 映画 / 2008.09.06 17:03 / TB[0] / CM[0]


フレンズ       映画 
20080811130820
今朝は晴れ。暑い日が続いている。私は少々夏バテ気味だ。
この土曜日にTSUTAYAで懐かしい
映画が棚に並んでいるのを見つけた。
フレンズという映画だ。思春期の頃に見た青春映画だ。そういえば最近は、映画をジャンル分けして青春映画とは呼ばなくなった。というか、昔見たような淡くてほろ苦い若者のラブストーリーが少なくなった。
小さな恋のメロディ、おもいでの夏とか、個人授業など心に残る良い映画がたくさんあった。この歳になって言うのも気恥ずかしいが、中学高校の頃に時めいたり憧れたものだ。この映画もそんな青春映画の1つだ。
同世代の人なら私が懐かしいと思う気持ちを理解していただけると思う。

中でもこの映画が強く心に残っているのは主演のアニセー・アルビナの魅力につきる。ほっそりして可憐で笑顔がたまらなく可愛かった。黒く長い髪と何か不幸を感じさせるさみしげな表情がなんとも魅力的だった。

久しぶりに観たフレンズがどんな映画なのか紹介したい。

フレンズ ポールとミシェル (Friends イギリス・1971年)
監督、製作、原作は、ルイス・ギルバート。主題歌や挿入歌を歌っていたのは、エルトン・ジョン。主人公のポールとミシェルには、ショーン・バリーとアニセー・アルヴィナ。

物語はこんな感じだ。結末まで書いているので、まだ観ていない人は注意してほしい。

20080811131308

イギリス製作の映画だが、舞台はフランス。ミシェルは、フランス南部の町アルルで父と暮らしていた14才の少女。アルルといえばゴッホが暮らしていたことでも知られている田舎町だ。幸せに暮らしていたが、父を失くし、いとこをたよってパリへ行くことになった。駅から人込みにまじりミシェルが現れる。FRIENDSのタイトルとともにエルトン・ジョンの曲が流れる。

20080811131806

ポールは、実業家の父を持つ裕福な家庭に暮らす15歳の少年である。裕福だが、父親とうまく通じ合わず、心は満たされていなかった。父が結婚しようとしている女性もその連れ子も気に入らない。
そんな二人が、動物園で出会った。初めて会った時から二人は通いあうものを感じた。
そんなある日、ポールは無断で父の車に乗り、ミシェルを乗せてドライブに出かけた。話に夢中になり、田舎道で車が池の中に突っ込んでしまった。それがきっかけとなり、二人はミシェルの故郷アルルに向かった。

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アルルには、いまは誰も住んでいない、白い家が、ぽつんと一軒建っていた。アルルの自然の中で暮らし、離れられなくなる二人。水辺を駆ける白い馬の群れ、風になびく草原、沈む夕日に浮かぶ二人のシルエット。この叙情的な描写が、なんとも美しい。

20080811132703

しかし、二人は現実の厳しさに直面する。食べ物も尽き、ポールは食糧を得るために、働きに出るようになった。なかなか仕事を得られないポールは、それでも、なんとか二人の生活を支えようと、一生懸命に働いた。そんな生活が続き、空腹に嘆き、二人はつまらないケンカをしてしまう。家を飛び出したポールを追い掛けるミシェル。日が落ち、薄暗くなった水辺でポールの名を呼ぶミシェルの声を聞いたポールもミシェルの名を呼び走りだした。やがて二人は駆け寄り、しっかりと抱き合った。
時は経ち、ミシェルが妊娠していることがわかった。新しい家族に喜ぶ二人。二人は自分達で子供の出産を決意する。やがて陣痛が始まって苦しむミシェルに、ポールはとまどいながらも付き添い、元気な赤ん坊が生まれた。二人は、教会に出かけて、こっそり洗礼を受けた。
ポールとミシェルは幸せに包まれていた。
しかし、そんな時、ポールの父から出された捜索願いを受けた警察が、ようやく、ポールの居場所を捜しだしてしまった。

20080811133004

朝いつものように働きに出かけていくポール。赤ちゃんを抱き笑顔で見送るミシェル。
エンドロール。

なんとも切なくほろ苦いラストだろうか。その切なさゆえに心に残っているのだろう。
この映画のアニセー・アルビナが本当に可愛かった。

久しぶりにフレンズを見て、アニセー・アルビナのことが気になってインターネットで検索してみた。今は何してるのかなぁという興味から検索したのである。
すると、思いもしなかった情報が目にとまった。

アニセー・アルビナ(1954年1月28日生まれ)が、2006年11月10日に52歳の若さで癌のため死去。

ショッキングな情報を知り、余計にセンチメンタルな気分になった。中学の時に憧れたアニセー・アルビナが亡くなったとは寂しい限りだ。

(=^・^=)kinop
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blogblog 映画 / 2008.08.11 13:08 / TB[0] / CM[4]


でも本当に絵になるなぁ       映画 


絵になるスターの第4弾。
♪シャバダバダ~といえば、クロード・ルルーシュの「男と女」。黒い髪の美女アヌーク・エーメと渋い男ジャン・ルイ・トランティニアン

BorgnineErnes(Marty)_01.jpg

ずんぐりした体にブルドッグのような顔にぎょろ目の男。真面目な独身男を演じた「マーティ」アーネスト・ボーグナインはアカデミー賞を受賞した。数多くの映画で個性的な脇役を演じ続けた名優だ。

intheheat_l.jpg

黒人の敏腕刑事シドニー・ポワチエが偶然立ち寄った街で殺人事件の捜査に協力する。差別が残る街の保安官ロッド・スタイガーと反目し合いながら事件のなぞを解いていく。この「夜の大捜査線」でロッド・スタイガーはアカデミー賞を受賞した。

HepburnKatharine(PhiladelphiaStoryThe)_16.jpg

「フィラデルフィア物語」ケーリー・グラントキャサリン・ヘップバーン。清潔感のある心の美しい女性といえば、このキャサリン・ヘップバーンが頭に浮かぶ。ヘンリー・フォンダもジョン・ウェインもスペンサー・トレイシーも最後に共演したのはこの人。ビッグスターを引き付ける魅力があるのだろうか。

HestonCharlton(Ben-Hur)_01.jpg

昔よく見た映画のヒーローといえば、チャールトン・ヘストン「ベン・ハー」で見せた屈強な肉体が彼のトレードマークだった。

StewartJames(SpiritofStLouisThe)_01.jpg

タカ派のアメリカ人の代表がジョン・ウェインなら、善良なアメリカ人の代表といえばジェームズ・スチュアートだ。写真はリンドバーグの偉業を描いた「翼よあれが巴里の灯だ」

という訳で、やっぱり絵になるなぁ。

    TSUTAYA online 

blogblog 映画 / 2008.01.05 17:19 / TB[0] / CM[6]


本当に絵になるなぁ       映画 
MonroeMarilyn(Bus Stop)_04

絵になるスターの第3弾。
マリリン・モンローは、セクシーさで人気を集めたが、彼女の本来の魅力は、「バス停留所」で見せる純粋な可愛さだろう。

ChaplinCharlie(Modern Times)_02

「モダンタイムス」のラストシーン。山高帽に燕尾服とぼろ靴を履いたチャールズ・チャップリンが道を歩いていくシーンはあまりにも有名だ。

LemmonJack(Apartment The)_01

お人よしのサラリーマンと不倫に悩むエレベーターガールの恋を描いた「アパートの鍵貸します」に出演したジャック・レモンシャーリー・マクレーン

CharlesBronson_.jpg

角ばった顔に深い皺と細い目。決して美男ではないが、その男らしさでアラン・ドロンと対等に渡り合ったタフガイ、チャールズ・ブロンソン「ウェスタン」ではヘンリー・フォンダと決闘するガンマンを演じた。日本も人気を博し、マンダムのCMにも出演した。

AlainDelon_Monica.jpg

「太陽がいっぱい」、「若者のすべて」、「危険がいっぱい」など陰のある青年といえばアラン・ドロン。そのアラン・ドロンがモニカ・ビッティと共演したのが、この「太陽はひとりぼっち」

GrantCary(NorthbyNorthwest)_01.jpg

あまりにも有名なこの写真。飛行機に追われるケーリー・グラント。サスペンス映画の巨匠ヒッチコックの「北北西に進路をとれ」

という訳で、まだ物足りないから第4弾に続く・・・
    TSUTAYA online 

blogblog 映画 / 2008.01.05 16:33 / TB[0] / CM[0]



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