FC2ブログ

KinoLog        blog  blog

油控えめ万博世代・40代の映画日記。




Counter



Tora Clock FLASH

FLASHで時計を作って見ました。ダウンロードしたファイルを携帯にメールで転送すると待ち受けになります。下の赤い字の部分を見てね。

携帯用待受けFLASHはこのテキストの上で右クリックして、対象をファイルに保存(A)を選んでください!
リンク先は携帯用コンテンツなのでPCでも表示されますが、時間が表示されません。


最近の記事


お気に入り

いもとようこの世界 Imoto.gif
『ないた赤おに』や『3びきのくま』など素敵な絵本作家のいもとようこ先生の公式サイトです。
TORA WEB


カテゴリー


リンク

このブログをリンクに追加する


プロフィール

kinop

Author:kinop

油控えめ40代映画好き。普通のおじさん。
嫁一人、大学生の息子一人、ネコ一匹。最近、ウサギのポコとモモが冥界へ旅立ち、3人と1匹の我がB型家族。40代も半ばになり、楽しかった70年代に思いを馳せる今日この頃です。仕事はかっこよく言うとIT関係。でも給料は下がる一方。(トホホ・・・)
Profileの写真は、私じゃなく我が家のTORAが車から雪景色を眺めているところ。



月別アーカイブ


最近のコメント


最近のトラックバック


RSSフィード


全ての記事を表示する

全ての記事を表示する


ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


TORA音楽涙するとき映画SE日記

ああいいなぁモブログテレビ・ドラマ欲しいもの


 iTunes Store(Japan)


マコちゃん本当は55歳       たわいもないこと 
KINCHOのゴキブリ駆除剤のコンバットのコマーシャルをご存知だろうか。
アニメの女の子が鼻歌を歌いながら歩いていて、最後の落ちにマコちゃん、本当は55歳」という面白いCMだ。KINCHOはこの手のCMが多いが、これまた意表をつくCMで大笑いした。
このCMで最後に登場する声優さんをご存知だろうか。彼女の名前は高坂真琴さん。1950年生まれなので確かに55歳だ。


彼女はなんと、あのテニスのスポ根物の金字塔となったエースをねらえ!」岡ひろみの声を当てていた声優さんだ。

それにしても声優さんというのは声は年をとらないということなのか、高齢で活躍されている方が多い。
今日の夜のサザエさんタラちゃん役の貴家堂子さんは、なんと65歳だ。その他の面々もこんな感じだ

波平さん :永井一郎さん 1931年生まれ 75歳
舟さん :麻生美代子さん 1926年生まれ 80歳
サザエさん :加藤みどりさん 1939年生まれ 67歳
マスオさん :増岡弘さん 1936年生まれ 70歳
カツオ君 :冨永みーなさん 1966年生まれ 40歳
ワカメちゃん:野村道子さん 1938年生まれ 68歳※
タラちゃん :貴家堂子さん 1941年生まれ 65歳
イクラちゃん:桂玲子さん 1940年生まれ 66歳


※ワカメちゃんは、去年、津村まことさんに交代したので参考に

イクラちゃんがタラちゃんより年上で、ワカメちゃんは去年まではサザエさんより年上だったのだ。アニメを見ていても年齢を感じさせない技術がすごいと実感する。カツオ君の富永みーなさんを除くとみんな65歳以上である。声が変わるとイメージがガラッと変わってしまって、まだ津村さんのワカメちゃんの声に馴染めない人も多いはず。津村さんには気の毒だが、仕方がない思う。
但し、高橋和枝さんから富永みーなさんに変わったのは、最初は違和感があったが、今ではあの声がカツオ君だ。これは稀なケースかもしれない。


でも、サザエさんの声が加藤みどりさん以外は考えられないなぁ。なんか、寅さんみたいなものだなぁ。
スポンサーサイト



    TSUTAYA online 

blogblog たわいもないこと / 2006.04.30 16:47 / TB[1] / CM[2]


恒例GWバーベキュー       モブログ 
今日は、東京の頃の上司の家に招いていただいてバーベキュー
毎年、GW恒例の行事になっている。東京の頃の上司なのにと不思議に思われるだろうが、このK部長も元々関西の出身で偶然にも私の住んでいる所から近い場所に住まわれている。私以外にも部長にお世話になった部下が集まる楽しいイベントだ。ここ3年のGW恒例の行事になっている。


今日集まったのは5名。1人は、もう退職されている元課長のYさん。東京からちょうど出張できていたOさん。後は同じ関西会社のKOさんとN君
東京からきていたOさんは初参加。Yさんは去年は来れず2年ぶり。
特にYさんは、とても楽しかったようで終始ご機嫌。部長の奥さんも入って、大笑いの1日だった。

元々、部長とYさんが課長だった時からこの2人は仲が良い。Yさんの方が2才年上だ。部長と課長というより相棒という感じだ。話しているのを聞いても漫才のようだ。

K部長:「おい、おっさん。
Y課長:「おっさん、言うな!
K部長:「おばはん、ちゃうやろ
Y課長:「そうや、わしはおっさんや!

とこれが、挨拶のようなもの。
Y課長は体も大きいし、声もでかいし、陽気な課長だった。今も相変らず陽気だ。今日はY課長が会社を退職してから行っている和菓子屋さんの話を楽しそうに話されていた。会社を辞めてから、しばらくは嫁さんも優しかったが、量が高いから邪魔になるから外に行けということで、偶然見つけた和菓子屋で配達をやっているそうだ。正社員は嫌だったので、ぴったりな仕事だそうだ。今まで、IT関係だったのでストレスの溜まるような仕事は懲り懲りということだ。
今は本当に楽しい楽しいと言っていた。帰るまで20回位聞かされたと思う。配達に行くと陽気なY課長は人気があるそうで、おばちゃんたちが、YさんYさんとモテモテやと言っていた。

今日は、その店自慢の蕨もちを奥さんにと持ってきていた。それと、2年前に奥さんがお酒が好きというのを覚えていて、発泡性のある辛口の濁り酒を買ってこられた。Y課長曰く、「この酒は絶対冷やしてくださいよ、そうせんと爆発しますよって、店の人にちゅわれたから嫁に言うて入れもんこうて、保冷剤からじぇーんぶして持って来たんやで(奈良方面の発音のまま記載)とのこと。

みんな、久しぶりに会ったので話も盛り上がり、お酒も進み、帰る頃にはY課長も完全に出来上がって、何やもう帰るんか。と少し寂しそうだった。
帰りの電車も、久しぶりに会うとほんまに楽しいなぁと言っていた。最後に握手をしてお別れしたが、かなり酔っていたのでちゃんと帰れたかちょっと心配だ。
後は、Y課長に電車の乗り換え間違えないように伝えて、東京から来ていたOさんを近鉄の新田辺まで送り、家に帰った。

因みにY課長の行っておられる和菓子屋さんは、こちら


楽天でも入手可能だ。春限定の桜蕨餅なんかおいしそうだ。




お酒はこっち 奈良の地酒 山鶴 純米吟醸 「段違い辛口」





という訳で、今晩の一枚は、お見送りの近鉄新田辺駅

また、来年のGWが楽しみだ。
K部長、奥様、どうもご馳走様でした。
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.29 21:59 / TB[0] / CM[2]


強力な協力会社       SE日記 
20060428091812
今朝は理想的な春の朝。快晴。明るい朝だ。

我が職場のユニークな面々については何度か紹介したが、他社のSEさんの協力で成り立っている部分も多い。こういう会社を協力会社とかパートナーとかの名前で呼んでいる。
現在、我が職場に来ている協力会社さんは、スポッとを除くと6社。彼らもまたユニークな面々が多い。会社によってもカラーが違う。

まず、板長さん率いるC社。
皆さんまじめな人が多い。中でもO君はできると言った事は、難しそうな事でも必ずやり遂げる。プライドを持って仕事をしている。だから、簡単に出来ないとか、約束通りしなかった相手には手厳しい。よく怒っているので、「怒ってる?」と聞くと、「怒ってませんよ」と怒られる。いつも無理を聞いてくれる微笑みの貴公子ハッシーや極太眉毛で少年ジャンプの主人公みたいな顔をした若など強力なメンバーがたくさんいる。


次にK社
こちらも個性的な連中が多い。全てのサブシステムの試験をこなせるY君は、数多くいるSEの中でも唯一の存在だ。性格も素直なので、頼りにされている。ただし何でもできるので、いつも「お腹いっぱいです」と言っている。彼もO君同様によく怒っている。怒らせるのは大概猫親父だが。
変なメガネに坊主頭のスミノフ君など自由人が多いのがK社の特徴だ。ここの親分のA課長もまとめるのは大変だろう。いつも渋い顔をしている。

次にJ社
職場人物図鑑で紹介したナカーやタナー、ハマルーン、メモベッチ達がいるやんちゃ集団だ。彼らがやんちゃができるのは、実は小さな巨人U君の存在があるからだ。U君はとにかくまじめだ。頼んだ事は一生懸命にやってくれる。彼の偉いところは、頼んだ事以外にも注意を払って考えてくれる事だ。やんちゃ集団の中にいるので、からかう格好の標的にもなっている。当分は、この状態が続くだろう。

次にS社
こちらはまじめキャラが多い。豪族の親方君やアバレッドの相手をしないといけないから必然的に淘汰され、今のメンバーが残ったのかもしれない。特にN君は親方君に信頼されている。律義な男だ。
次にブレインさんのC社。
板長さんのC社とは違う会社だ。
この会社のトコちゃんという人がいるのだが、とにかく声がでかい。隣りで電話しても話している内容が分かってしまう。ブレインさんは、見た目も人物も博士のような雰囲気だ。

最後にI社
この会社は、若いメンバーが多い。参入したのも一番新しい。トイザらスで売れ残ったスノーマンみたいなイッチーがリーダーだ。リーダーを除くメンバーは皆おとなしい。中でもナカテックは、I社の怒られザムライだ。見た目も中学生みたいで、どこかで怒られると俺のところに謝りにくる。
ここは一番お守りが大変なシステムの担当なので苦労が絶えない。ご苦労様です。

と強力な協力会社の面々を紹介したが、他にも書き切れないぐらい強烈なメンバーが大勢いる。強烈な豪族の相手をするには強烈な個性の持ち主しか無理ということだろうか。
頼りになる協力会社に恵まれて感謝感謝だ。

という訳で今朝の1枚は今日は良いお天気

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog SE日記 / 2006.04.28 09:18 / TB[0] / CM[0]


Salamat       モブログ 
20060427090020
今朝は雨降り。気温も低く寒い朝だ。
それにしても、スカッと晴れた朝は久しくお目にかかっていない。今日も傘のお世話になっている。
今朝の目覚ましテレビのワールドキャラバンはフィリピンのレイテ島。マッカーサーがレイテ沖海戦後、上陸したことを記念した像が浜辺にある場所だ。
フィリピンの言葉で「ありがとう」を意味する言葉が“Salamat”だそうだ。

「ありがとう」という言葉は、よく使う言葉だが、漢字で書くと「有難う」となる。
語源も知らないし、後から漢字を当てたのかも知らないが、よくよく意味を考えると良い言葉だ。
勝手に解釈すると、普通は有り得ないこと、有り難いことに対する感謝の言葉だ。時代劇で家臣が殿様に褒美をもらって「有り難き幸せ」と言っているのを思い出すと、自分は思いもしなかった有り難い事をしてもらって感謝している事がよく分かる。
くどくど書いたが、何が言いたいかというと、自分の力だけでは実現出来ないことや、思っていないことを自分以外から受けた事に感謝する言葉が「ありがとう」なのだ。
だから、人だけでなく自然や神様にも有り難いという言葉が出て来る訳だ。

突き詰めると、俺がやってやるから進んでるとか、お前達だけじゃ出来ないだろうとか、やってもらって当たり前と考えるのは傲慢な考えだ。自分でできる範囲なんか知れている。このブログにしてもそうだが、誰が見てくれないと成り立たないのだ。
「人を使うのがうまい」とか「仕切り上手」というのも、結局は「他」がいないと成り立たないのだ。「自」を大切にしたいなら「他」の存在を忘れてはいけないということだと思う。

だからして貰った事は上下関係なく「ありがとう」という言葉は口に出して言うべき言葉だ。

昔、水前寺清子と山岡久乃のドラマで「ありがとう」というのがあったが、そのテーマ曲のように「今日も明日もありがとう♪」なのだ。
感謝を忘れず、今日もありがとうで頑張ろう。

今朝も何のこっちゃだが、“Salamat”の言葉から頭の中が膨らんでしまった。たまには、そういう事を思い出して、自分を省みず、他人に文句を言っている自分がなんぼの物かと振り返っても良いかなと思ってこんなブログになってしまった。
言葉をじっと眺め、その意味を考えると色々な意味が込められているとあらためて感じた。

という訳で今朝の1枚は、神様、仏様にもありがとう!

いつもブログ見てもらって「ありがとう」

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.27 09:00 / TB[0] / CM[0]


フランスキャラメル       昭和の思い出 
20060426085408
最近、朝はいつも曇りがち。今朝も今いちパッとしない空模様だ。

皆さん、フランスキャラメルって覚えている?
赤、白、青のフランス国旗のトリコロールカラーの真ん中にブロンドで巻き毛の少女が描かれたパッケージのキャラメルだ。少女はフランスのペコちゃんといった感じだ。
中身は、3種類の味のキャラメルが入っていて、バニラとチョコともう1つは何だったっけ?とにかく、そんなキャラメルだ。不二家のお菓子だったと思う。1箱で3つの味が入っているのが、贅沢な感じだった記憶がある。もう今はないんだよな。
同じような感覚で3色アイスというのもあった。イチゴ、バナナ、チョコの3色だ。これまた懐かしい。
子供の頃からまだ残っているお菓子もたくさんある。チロルチョコ、サイコロキャラメル、コリスのラムネなどなど。ルックチョコレート何かもそうだ。
カルミンというタブレット状のお菓子もあった。銀紙で棒状に包まれ、水色の地に赤い模様があってカルミンと書いていたと思う。ミントぽいが、ミントが入っていないお菓子だ。今はタバコのあつかいがうるさくなったからタバコの形をしたシガレットなんちゃらとかもなくなったのだろうか。

そういえば、小学生の頃は遠足でおやつは100円までとかあって、友達が果物はおやつと別だと言い張っていたなぁ。

昔もお菓子には応募すると抽選で貰えるプレゼントがあった。ハリスのフーセンガムで当時流行っていた流星少年パピィの手帳をもらった事がある。本当はパピィのペンダントが欲しかったが、2等が当たった。それでも嬉しかった記憶がある。当時はみんな「ピー、パピィ」とか言ってたな。

と思い出すと切りがない。
今日も朝から何のこっちゃみたいなブログになってしまったが、昭和30年代~40年代前半生まれの人は、あったあったと思い出すと思う。
こんなのもあったとか書き込んで貰えると楽しそうだ。

という訳で子供達の楽しみお菓子がいっぱい。

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog 昭和の思い出 / 2006.04.26 08:54 / TB[0] / CM[0]


ブログにはまった訳       強く思うこと 


ブログというものを知ったのは結構前だったが、いまいちその面白さが良く分からず、「ふーん、そういうのがあるんだ。」程度の興味しかなかった。去年の9月ぐらいに、無料で開設できることを知り、日記を付ける感覚で作れば後から見たら楽しいかもと、気軽な気分で始めた。
最初は、もちろん他愛もないことを書いてみた。
「ブログはじめました。」とか、
「猫が隠れて出てこない。」とか、
いわゆるどーでもいい話だ。

その内に、普段口には出さないが、思っていることや感じていることって、誰にも知られないまま、死ぬまでずーっと心の中にしまって置くのかと考えると、読む人は知らない人だし、本音を書いてみるかと考えた。
いい年こいたオッサンが、テレビのドラマを見て泣いたことや、今では言うこと聞かずの坊主の子供の頃を懐かしんでいることや、死んだ母親の美化した記憶とか、心の中にしまってあることはたくさんある。
そんなことは人に話すことのない話題ばかりだ。話すのも結構恥ずかしい内容も多い。これを気軽に書けるのがブログだ。

だから、口で言うと結構こっぱずかしい事も書いているが、ブログならすらすら何の躊躇いもなく書ける。というか敢えてそういうことを書こうとする自分がいる。恥ずかしいけど聞いて欲しいことはみんなあるはずだ。書いちゃえば、そんな恥ずかしいこと書いたっけで誤魔化せばいいのだ。
年を重ねようが、仕事が忙しかろうが、相変わらず息子は可愛いし、死んだ母親は恋しいし、テレビ見て感動したことは人にしゃべりたいし、会社で面白かったことは人に聞いて欲しいし、姪っ子ががんばったことも聞いてもらいたいのだ。

そういう訳で気軽にはじめたブログだが、今や心の中に溜まっている思いを外に出す道具としてブログを使っている。

最初のうちは内緒のブログだったが、いいブログを書いたと思うと人に言いたくなるのが、人間という物。
ついつい、嫁にしゃべり、会社の仲間にしゃべりと、今では書くことより見て欲しいという欲求が強くなって、ガス抜きの道具に変わってきている。

言いたい話にきりはない。頭の中はいろんなことが詰まっている。嬉しいこと、哀しいこと、切ない気持ち、腹の立ったこと、うるうると感動したことが、てんこ盛りだ。だから、毎朝ブログするのにねたは事欠かない。話題には苦労しないのだ。

ちなみに最近は、嫁さんの友達のOさんが、私の他愛もない独り言を聞いてくださっているそうだ。コメントも頂きありがたいことだ。妹君もお姉さんも結構チェックしているらしい。
まだ当分は続けるつもりなので、今後もチェックしてくれると嬉しいばかりだ。感謝、感謝。

今晩は変なブログになってしまったが、そういう訳でブログにはまっている。
    TSUTAYA online 

blogblog 強く思うこと / 2006.04.25 21:51 / TB[0] / CM[2]


我が職場の3匹の侍       モブログ 
20060425085723
今朝は曇り空。気温は昨日より5度低いそうだ。少し肌寒い。降水確率は0%になっていたので晴れるはずだが、空は暗い。
ハナミズキもかなり花が開いてきたから、朝も春らしい暖かさになって来そうだ。

今取り組んでいるプロジェクトは、この前にもブログしたように規模も大きく関わるメンバーも多い。だから体制もいつもと違い要件別にリーダーを配置した豪華な体制だ。
今日はこの3人のリーダーを紹介する。

まず1人目は、モリゾーさん。
ついこの前のプロジェクトでも一緒に苦労したあのモリゾーさんだ。センター側のハードウェアのリプレースのリーダーだ。長年の経験と、テクニカルなノウハウを活かしてみんなを引っ張って行く。また、得意の「焦らんでいいけど早よしてや」攻撃が見れそうだ。

次にフルピョン。
彼には、いつも困った時に助けてもらっている。とにかく色んな知識が豊富だ。業務的な改善要望のリーダーだ。よく冗談で言うのだが、彼は普通の飛行機には乗らない。プロペラが2つぐらい止まった飛行機に乗る。要するに困難な課題があれば燃えるのだ。今はまだ飛だそうとしている段階だが、プロペラが回らないので苦労しているようだ。

最後に親方君。
彼は親方というだけあってガタイも大きく迫力もある。お客さんにも信頼されていて、みんなに頼りにされている。彼は、クライアント側のハードウェアのリプレースのリーダーだ。今、私の隣りの席は彼氏が座っている。彼は怖もてでブイブイいわせているが、素は構って欲しいタイプのキャラだ。からかうと嬉しそうな顔をして、「どうして、いじめるんですか」とのたまう。本当に嬉しそうだ。ただし、からかい技術1級以上か危険物取り扱いの資格がないと危険なので、注意して欲しい。

と、この強烈な個性の3人と一緒に仕事をする訳だが、それでも今回のプロジェクトはかなり大変だ。これから色んな問題が起こることは間違いない。だけど信頼できるし、信頼されている3人が、どうにかしてくれるだろう。まずは、信頼関係から仕事は始まるのだ。
うちのD作課長が、目黒エンペラー級の暴走族なので、冷静な3人に一層期待が掛かる。

という訳で今朝の1枚は「春本番、ハナミズキの花も開く」

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.25 08:57 / TB[0] / CM[0]


あの頃、・・・三光神社       昭和の思い出 
20060424085119
今朝は快晴。暖かで爽やかな朝だ。
散歩するパグも楽しそうだ。

昨晩、子供の頃の地図の事をブログしたが、私が通っていた真田山小学校の近くに三光神社がある。公園にも近く、よく行く遊び場になっていた神社だ。
この三光神社には真田幸村の像があり、大阪城に続いていたと伝えられる抜け穴跡もあった。真田山という地域の名前も真田幸村に所縁のある名前だ。
真田幸村と言えば忍者の猿飛佐助を家来にして活躍した武将で有名だ。真田幸村は、千葉真一の映画にもよく出て来たり、漫画にもらとなったサスケとともに正義の味方っぽいイメージの武将だ。
この三光神社だが、痛風だったと思うが、日本で唯一御利益があるそうだ。

子供の頃は、この三光神社に上がる石段の手前によく金魚すくいのおじさんが、御祭りと関係なくやって来た。普通の紙でできた網以外にもう少しお金を払うと投網といって網の周りに錘がついた物も貸してもらえた。でも、思うほど上手くはいかない物だった。
夏には、祭りがあり、ヒヨコすくいやヨーヨー釣り、スマートボール、輪投げと定番の夜店で楽しんだ。
石段を上った広場には舞台が組まれ、漫才とかもやっていた。活気のある御祭りは、子供の頃の年中行事ではビッグイベントだった。

ちなみに縁日でとってきたヒヨコは、いつもすぐに死なせてしまったが、隣りのあっちやんは緑色のヒヨコを育てるのに成功した。今でこそかわいそうとかで、カラースプレーでピンクや青に着色されたヒヨコは見掛けなくなったが、昔は何でもありだった。
だから、大きくなるに連れ、本来の白い羽根が生えてきて、大人になる途中は何とも異様な生き物に見えた。

と、今朝は子供の頃に遊び場だった三光神社の事を思い出してブログした。あー、懐かしいなぁ。

という訳で今朝の1枚は、「今日は良いお天気、散歩も楽しい」。

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog 昭和の思い出 / 2006.04.24 08:51 / TB[0] / CM[0]


子供の頃の地図 その1       昭和の思い出 


昔々、子供の頃の記憶だけで地図を描いてみた。微妙に間違えているところがあると思うが、こんな感じだった。
※2006.4.24 やっぱりお風呂屋さんの名前間違っていた「花見湯」さんだ。
(上の地図をクリックすると大きい地図が表示されるよ。)





住所は大阪市天王寺区空堀町。最寄の駅である玉造から西に500mぐらい行った東雲町交差点の近くに昔住んでいた家があった。親父の喫茶店ドゥウ』だ。
右どなりが、すし屋のあっちゃんの家。大の仲良しだった。毎日遊んだのは、ほとんどこのあっちゃんだ。左どなりが、一平食堂。チャコという犬がいた。「チャコちゃん、ケンちゃん」というTVドラマが流行っていた頃だったからだと思う。

緑色の家が友達の家だ。家の裏には空き地があり、大きな廃材が長い間置いてあって、中にもぐりこんで基地だとか言って遊んだ覚えがある。その空き地の前には、おんぼろの空家があって、悪いことをすると連れて行くとよく言われた気がする。
我が家にはお風呂がなかったので、あっちゃんと毎日裏の銭湯に行った。風呂で1時間ぐらい居て、遊んでいて風呂屋のおばさんに何度か叱られた。土曜日は両親とお風呂に行って、すぐ近くのお好み焼き屋さんでお好み焼きをもらって家に帰った。

家は1階が店で、階段を上って2階に上がると住まいがあった。家には物干しがあり、家が隣接していたので、あっちゃんと屋根伝いにどこまで行けるか試したことがある。この時はやっぱりばれて、そんなに居たかったら物干しに居なさいと、放り出されたことがある。
こう考えると、悪戯して怒られたことばかり覚えている。中でも一番怒られたのは、市場より無効にある食料品店の前に止めてあった車の天井にあっちゃんと乗って、ボコボコにして逃げたが捕まり、家まで連れて行かれた時だ。店のおじさんに首の後ろを摘まれて、家に連れて帰られたのだが、うちの親父は事情も聞かず、人の息子を猫みたいに扱ってと、被害を受けているおじさんに怒鳴った。これも、後から親父にこっぴどく叱られた。
色々、あっちゃんとは悪いことしたなぁ。

家の裏にある空堀市場が、母さんに付いて行った市場だ。入り口の近くに肉屋さんがあって、こずかいで揚げたてのコロッケを買って良く食べた。うまかったなぁ。

お好み焼屋を少しいった角に歯医者があった。子供なら誰でも嫌がる歯医者だ。他にも色々あったのに歯医者を覚えているのも変な感じだ。歯医者の向かいに薬局があって、その隣がパン屋さんだ。
空き地で空き瓶拾って、お金に換えてもらったパン屋さんだ。家で飼っていたがこのパン屋さんに住み着いて帰ってこなかった事もあった。

食料品店から北に上っていく坂の途中にお寺があった。このあたりはお寺が結構多く、このお寺は善福寺というのだが、どんどろ大師で覚えている。下の写真がその門の所にある石碑だ。
夏休みにはこのお寺でマンガの上映会があり、お菓子ももらえる子供にとっては素晴らしいお寺だった。
これ以外にも公園でも上映会とかがあったり、楽しかった思い出だ。




地図を書き出すといろんなことが思い出されて、やってみると中々楽しかったよ。
一度、試してみてはいかがなものか。

    TSUTAYA online 

blogblog 昭和の思い出 / 2006.04.24 00:34 / TB[0] / CM[0]


懐かしい写真       昭和の思い出 
うちの母さんの写真は数が少ない。何故かといえば、大の写真嫌いだったからだ。だから、残っている写真は、このお見合い写真みたいなものと後何枚かだけ。
この前、もみじ』で、息子のくせに母親のことを自慢したが、息子の欲目というわけではないと思っているので、写真を見せたくなったので、ブログした。
ね、中村玉緒さんの若い頃っていう感じで可愛いでしょ。

因みにこっちが、『ハナミズキ』で紹介した親父の喫茶店だ。
店の前にいるのが、40年前の私。ドアに「ドゥウ」の文字が見えると思う。昭和42年頃かな。テレビでは、ウルトラマンを放送していた頃だ。
はー、年月を感じる。


という訳で、懐かしい写真を紹介した。
    TSUTAYA online 

blogblog 昭和の思い出 / 2006.04.23 21:24 / TB[0] / CM[0]


宇治市植物公園       ああ、いいなぁ 


近くに宇治市植物公園がある。名前のとおり、宇治市が運営する植物園だ。
平成8年に開園したそうだから、まだ10年と新しい施設だ。ここは、太陽ケ丘公園の近くで起伏のある場所に立てられている。園内には、熱帯の植物を集めた温室や花のタペストリーがあり、天気の良い日に散策するのにぴったりの場所だ。緑の相談所もあり、ガーデニングの質問にも答えてくれる。大人が500円、子供250円と入園料もリーズナブルなので、おすすめのスポットだ。

宇治市植物公園フォトギャラリーこちら









    TSUTAYA online 

blogblog ああ、いいなぁ / 2006.04.22 20:30 / TB[0] / CM[1]


モミジ       昭和の思い出 
20060421091509
今朝は風が強い。
その分だけ肌寒い。雲も多く、すっきりしないお天気だ。
モミジも鮮やかなライトグリーンの葉が増え、モミジの葉の下から垣間見える空とのコントラストが心地よい。願わくば、すきっとした青空ならば言う事なしだ。

昨日は、親父の喫茶店のことをブログしたが、大阪にいた頃は、両親と3人で暮らしていた。
母さんは、普段の生活には問題はなかったが、心臓の病気のせいで、風邪を引いただけでも一大事だった。心臓弁膜症という病気だ。母さんは病弱だったが、性格は負けん気が強く、夫婦喧嘩もいつも親父は分が悪かったと思う。息子が言うのもなんだけど、うちの母さんは美人だった。たとえるのが難しいが、若い頃の中村玉緒さんを綺麗にしたような感じだ。決して今の中村玉緒さんでなく、御姫様役をやっていた頃の中村玉緒さんだ。病気のせいで食が細く、40キロに満たない体重だったのがかわいそうだが、綺麗な母さんだった。親父は、息子には過保護というかべたべた、母さんには優しかった。だから病気ではあったが、母さんは幸せだったと思う。

そんな母さんの思い出は、最近少なくなった市場への買い物だ。これまた見掛けなくなったが、籐の買い物籠を下げて近くの市場に買い物へ行く母さんによく付いて行った。魚屋、八百屋、肉屋、玉子屋、乾物屋、花屋、お菓子屋が集まるこじんまりとしているが賑やかな市場は活気もあり、スーパーじゃ感じられない場所だった。子供だった自分は当然ながら目当ては、お菓子屋さんだ。そんなことは分かり切っている母さんが最後にお菓子屋さんに寄って、1個だけだよと言ってお菓子を買ってくれた。マーブルチョコ、パラソルチョコ、フランスキャラメルなんかが定番だったと思う。

今でこそ思うが、世の中は便利になって大きなショッピングセンターに買い物へ行く楽しみは得られるが、あの市場で味わった幸せな気持ちが今の子供達が経験出来ないのは寂しい気がする。

そんな母さんも中学3年の時、風邪をこじらせて、それが災いし40歳に届かず死んでしまった。だから年老いた母さんを見ていない分だけ母さんには、ハイカラで綺麗な思い出しか残っていない。ハイカラだったが、うちの母さんが一番好きだったのは、美空ひばり。母さんが死んだ時、親父は母さんのために美空ひばりのレコードをお棺に入れていた。

朝からおセンチな話になったが、たまには思い出してあげないとかわいそうだ。

親に腹が立つ事があったり、親子喧嘩なんか誰しもある事だと思うが、親が生きている内はわからないが、死んだ時に有り難みを感じるものだ。お父さん、お母さんが、御元気な人は大事にしてあげて欲しい。

という訳で今朝の1枚は、モミジの葉から垣間見える空

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog 昭和の思い出 / 2006.04.21 09:15 / TB[0] / CM[1]


ハナミズキ       昭和の思い出 
20060420090306
今朝は曇り空。雨は上がっているが、また降り出してもおかしくない様子の空だ。と思っていたら降ってきた。
桜も散り、後少し花が残っているだけ。桜が終わり、次はハナミズキの番だ。暖かな色合いのピンクと白い花が咲きはじめた。満開になる頃は、鮮やかな緑の葉も良いコントラストとなり、何とも春らしい植物だ。

帰りがずっと遅いので夜にブログする頻度はぐんと落ちている。風呂に入って、晩ご飯をゆっくり食べたら12時近く、まあ仕方ないか。
しばらくは朝のモブログが中心になりそうだ。

で、今日の話題は、コーヒーだ。
実は、私の親父は、昔、大阪市内で喫茶店を営んでいた。私が高校に行く頃迄なので、昭和30年代~昭和50年代の前半に掛け、20年ぐらいの間のことだ。
この前、アイスコーヒーの話をブログしたので、子供の頃の親父の喫茶店のことを思い出した。今朝はその頃の事をブログすることにした。
うちの親父の店の名前は「ドゥウ」。パッと見たら、なんて読むのか少し悩むと思うが、フランス語の「2」、要するにアン、デゥー、トロワのデゥー=deuxだ。なんでそんな名前にしたのかは、よくは知らない。
最近は聞かない言葉だが、親父の店は純喫茶である。コーヒー、紅茶、ミックスジュースなどの飲み物とトーストやサンドイッチなどの軽食を出していた。スパゲッティやランチなどの時間の掛かる物は扱わないシンプルな喫茶店だ。
その分だけコーヒーは、生の豆を仕入れ、自分で焙煎し、モカやコロンビアなどの豆をブレンドしていた。
焙煎は、いつも土曜の夜にしていた。焙煎機は、網というか穴が無数に開いたドラムの中に豆を入れて、ドラムを回転させながら煎っていくような機械だったと思う。
焙煎機が回り出すと豆が転がる音がして、やがてコーヒーの香ばしい匂いがしてくる。
子供の頃なので、良い香りというよりは、我が家の匂いという記憶が強い。
小学生に入ったぐらいの頃は、ちょうどカラーテレビが出始めた頃なので、店にカラーテレビがあるというのは大きなポイントだった。昔はボクシングやプロレスの人気もすごかったので、ファイティング原田のタイトル戦の時なんか空いてる席がなく立ち見しているお客さんが、溢れていたのを覚えている。
そんな感じでその頃は繁盛していたが、近くにランチを出したりする喫茶店ができ、カラーテレビも珍しくなくなって来た事や色々あって店をたたむ事になったが、あの焙煎機の音とコーヒー豆の煎った香りは、小学生時代までの思い出とともに忘れられない記憶だ。

と、今朝はちょっとノスタルジックな話題になってしまった。

という訳で今朝の1枚は、桜も散りハナミズキが咲く朝

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog 昭和の思い出 / 2006.04.20 09:03 / TB[0] / CM[0]


ぼやかない、ぼやかない       モブログ 
20060419085411
今朝は少し曇り空。
天気予報では一応晴れになるようだ。
昨日の朝は、駅でジュンちゃんに会ったので、朝のモブログはしなかった。
電車の中、色々と最近のお疲れちゃんな話というかぼやきあっていた。これも一種のストレス解消あまり良い方法じゃあないが、そういう事もないともたないし、まあいいか、といったところだ。

この「ぼやき」だが、忙しくなるとあっちこっちで出始める。基本的に「ぼやき」別名「愚痴」は、他人に聞いて貰わないと成立しない。一人でやるのは「独り言」だ。人に聞いて貰うか聞いて貰わないかで大きな違いがある。
ということは「ぼやき」は共感してくれそうな人や理解して貰える人に対して漏らすものだ。そうでない時は、ぼやいて損したと余計にストレスが溜まる事になる。
何故かしら言いやすいのか、私はそういう「ぼやき」をよく聞かされる。聞いた分だけ自分も言っているんだろう。

この「ぼやき」だが、気をつけないといけない。ぼやく相手やぼやき方を間違えると、やる気がなくなったり、どうせやってもとか、無理に決まっているとか、モチベーションを下げる事になってしまう。ぼやく→悲観する→不満→ぼやくのマイナス方向のトライアングルに入ると最悪だ。
変な話だが、ぼやくのも気を付けないと、ぼやいた結果が自分に跳ね返ってくる。ストレス解消の「ぼやき」が、ストレスのネタになる訳だ。
だから、「ぼやき」なんてあんまり言わない方が良いということだ。と、悟ったような事を言うが、実際は普通の人間なので、ついついぼやいてしまう。反省反省。

では、ぼやかずにモチベーションをあげるにはどうすれば良いか?
私の場合は、出来ない事は頼ることにしている。先輩であろうが年下であろうが、協力会社であろうが関係ない。それもただ頼むだけでなく、期待している事を伝えることが重要だ。もちろん期待出来ない人には頼まない。誰しも期待される方が気分も良いし、やる気も湧くはずだ。
それと結果が出た時は感謝する事が、最も大事なことだ。やって良かったと思って貰わないと、押し付けられたとか、やらされたとか、せっかく苦労してやったのにとか思ってしまう。
感謝している事は必ず口で言うのも非常に大事だ。言わなくても分かってくれてるなんて思わず、必ず「ありがとう!」は言うべきだ。
なんて、恋愛講座のような事を言うが、本当にそう思っている。

今朝も朝から何のこっちゃみたいなブログになってしまったが、「ぼやき」は控え目にと反省するのもたまには良いか。

という訳で今朝の1枚は、ぼやかない男、我が職場のスミノフ君

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.19 08:54 / TB[0] / CM[0]


KinoLogにコメントしてね       強く思うこと 
Coment.jpg

KinoLogであるが、かれこれ去年の2005年9月に書き出して、7ヶ月経った。早いものだ。最初は、誰にも言わずにこそこそ書いていたのだが、会社のみんなに職場人物図鑑を教えたり、嫁にもしゃべり、嫁さんが友達や嫁さんの姉妹にしゃべりと、ふんわりした広がりにちょっと嬉しい感じだ。他愛もないことばかり書いているのに見ていただいているのは感謝感謝である。

で、嫁さんに聞くと、嫁さんのお友達もお姉さんもコメントしたいが今一方法が良く分からないとのこと。これはいけない。コメントしてもらうと非常に嬉しいものなのだ。反応があると、楽しいものだ。

という訳で、別サイトでKinoLog WEB なるサイトをオープンしてBLOGで書ききれないことは、そっちで書こうと準備中なので、試しにHow To Coment for KinoLogを作ってみた。
上の画像か、右上のコメントの書き方をクリックして欲しい。別の画面でコメントの書き方を解説するページが表示されるはずだ。

コメント待ってます!!何でもいいから書いてみてね!!

    TSUTAYA online 

blogblog 強く思うこと / 2006.04.18 01:14 / TB[0] / CM[2]


今朝の五重の塔は美しい       モブログ 
20060417090304
今朝は東寺の五重の塔が美しいので、もう1枚モブログ。

春の陽を浴びてそびえる五重の塔は、とても綺麗だ。
それだけだが、良い感じだったので、モブログした。

という訳で今朝の2枚目は、朝日に輝く五重の塔
あー、良い天気だ。

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.17 09:03 / TB[0] / CM[0]


朝はアイスコーヒー       モブログ 
20060417082721
朝日が眩しい。
今日は全国的に晴れたのようだ。
やっと春らしい天気の一日になりそうだ。

今朝の目覚ましテレビの目覚ましどっちは、カレーと言えば福神漬け、それともらっきょのどちらが定番か投票していた。
確かにどちらもカレーの付け合わせとして出てくるものだ。結果は福神漬けが86%の圧勝。らっきょが駄目な人も結構いるので想像出来た結果かな。

ちなみに私は朝と言えばアイスコーヒーだ。
これは冬でも夏でも変わらない定番だ。だから、アイスコーヒー用の珈琲豆で嫁さんにコーヒーを作って置いてもらっている。これがないと困るのだ。
朝がきまらないのだ。
夏は理解して貰えると思うが、冬に何故アイスコーヒーなの?寒いのに変なの、と思われそうだが、皆、それぞれ変な好みというか拘りがあるので、私の場合はアイスコーヒーがそうなのだ。
昨日か一昨日のテレビで、何という番組か忘れたが、トンカツ・パフェといった信じられない物を店で扱っているのを紹介していた。
話を聞くと大のトンカツ好きが高じて、ありえない物まで考え出したそうだ。
御本人はいたって本気。食に対する考えは、人それぞれという良い例だ。
食べる事だけでもこうなのだから、万事考え方は人それぞれ、十人十色という訳だ。

朝から何のこっちゃ。
週明けから変なブログで申し訳ない。

という訳で今朝の1枚は、朝はアイスコーヒー

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.17 08:27 / TB[0] / CM[0]


銀のスプーン       TORA 
iconiconねこ元気 銀のスプーンicon
うちのTORAのお気に入りは、この銀のスプーンicon
これ以外の餌は、極端なぐらい見向きもしない。
お刺身でもそうだが、どのスーパーで買ってきた刺身かを見分けられる。特価品は、あまり欲しがらないし、おねだりもしない。赤身のマグロ、サーモンもあまり柔らか過ぎないほうが好みだ。缶詰も煮こごりがゼラチン状になった缶詰ではなく、シーチキンのようにフレークでしっとりしている方が好み。
過保護にしたせいか、贅沢な猫だ。


おまけだが、この間、TORAを探したら、どこにもいない??
ニャーとも言わないから、どこに行ったのやらと思っていたら、ふと見たこんなところでくつろいでいた。
返事ぐらいしろよ、ほんとに。



FIVキャリア猫達の里親募集
リンク先は「LOVE&PEACE ~Pray~」個人で仲間の方と運営されているサイトです。AIDS(FIV)キャリアになった猫君達の里親探しをされています。優しい方で猫の世話をすることが可能な方は是非訪問してあげてください。

    TSUTAYA online 

blogblog TORA / 2006.04.16 12:43 / TB[0] / CM[0]


意志を継ぐ者 背番号26       スポーツ 


今日、読売ジャイアンツ内海哲也が、横浜ベイスターズとの戦いで3-1に押さえ、プロ入り初完投勝利に輝いた。

彼は、私の住む京田辺に近い、城陽市の出身。福井県の敦賀気比高等学校のエースとして活躍したが、部員の不祥事などで甲子園に出ることはなかった。卒業の年である2000年、オリックスが1位指名したが、祖父がジャイアンツでプレイしたこともあり、東京ガスの社会人野球で活躍した。2005年自由獲得枠で晴れてジャイアンツに入団を果たしたが、昨年は負けが重なり、4勝9敗に終わった。
その彼が今年、2勝目、4月8日の中日戦に登板し、6回を無失点で押さえ1勝目を上げ、今日念願のプロ入り完投勝利を迎えた。

彼の背番号は26。かつてのエース西本聖と同じ背番号だ。
この背番号26は、祖父である内海五十雄がジャイアンツ在籍時に付けていた背番号と同じだ。祖父は1938年から2年在籍していた。1塁手として残した記録は20試合に出場し、2塁打が1本のみ。
お祖父さんに対する思いは語られなかったが、今日の勝利は格別のものがあったと思う。
お祖父さんの意志は彼に受け継がれ、これから彼がお祖父さんの成し得なかったことを実現するのだ。なんとも良い話だな。
特別なドラマがあったかどうかは分からないが、言葉でうまくいえないが、胸に響くものを感じさせてもらった。

因みに巨人軍の背番号26はこんな人達が、先人の意志を受け継いでいる。

内海五十雄('38~'39)
大橋 智干('40)
木暮 力三('42~'43)
川崎 徳次('46)
藤本治一郎('47)
塩崎 正人('48~'50)
桝  重正('51~'52)
鈴木  実('53~'54)
青木  稔('55~'57)
中村  稔('58~'69)
菅原 勝矢('70~'74)
中山 俊之('75~'76)
西本  聖('77~'88)
松谷竜二郎('89~'94)
岸川 勝也('95~'97)
ダンカン,マリアノ('98)
西山 一宇('99~'03)
内海 哲也('04~


もちろん、阪神タイガースは、好きだが、原ジャイアンツが強いことは良いペナントレースになって素敵なことだと思う。

がんばれタイガーズ、がんばれジャイアンツ!!


    TSUTAYA online 

blogblog スポーツ / 2006.04.15 21:54 / TB[0] / CM[0]


会議は続く       SE日記 
20060414085711
今朝も曇り空。
スカッと晴れた春らしい日はなかなか来ない。

昨日もハードな1日だった。
会議がいくつも続き、自分がしないといけない事や頼まれた事は夜になってからするか、朝9時~10時迄。会議も必要だが、多過ぎる。決まっていない事が多い証拠だ。
だから、内容のない発言ややる気の失せるいい加減な発言を聞くと腹が立つ。
貴重な時間を費やして出席している者に対して非常に失礼な事だ。
だから、自分が仕切る会議や打ち合わせはできる限り短く、脇に逸れず、決める事は決めるように心掛けている。ただし、私の冗談が多過ぎるので長くなるという噂もある。...((((((^_^;)
一日中、しかめっ面もしてられないし、仕事しながら、適度にガス抜きもしないとやってられないので大目にみて欲しい。(^-^)

会議や打ち合わせで物事を決める時に難しいのは、いやな事を誰かに握ってもらわないといけない事やみんなの意に沿わなくてもしてもらわないといけない事だ。これが最もストレスの溜まる事だ。
したくない事をして貰う訳だから理解して貰えるように説明しないといけないが、みんな忙しくなって来ると、どうしても俺だけが、うちの担当だけと思ってしまう。よそは上手くいっているように感じてしまうから余計に負担感を感じるのだと思う。確かにそういう事もあるかもしれないが、結局はみんな同じなのだ。
要は、隣りの芝生は青く見えるという訳だ。
変な言い訳に聞こえるかもしれないが、やってくれると期待できる所ほど無理なお願いをしているだけだ。

みんなには申し訳ないが、開発が走り出したばかりだが、今が踏ん張り所だと思う。9割はスタートした時に勝負が決まる。仕事は、長距離のマラソンに思えるが、実際は100m走だと思う。スタート時に失敗するとゴール迄に取り戻すのは大変だ。
いやな事はみんなで協力して、お互いにフォローしあって乗り切りたい。無茶な事をお願いするかもしれないが、最後に気持ちよく、やって良かったと思いたいだけなので理解して欲しい。

朝から真面目な話になったが、来年の今頃は、みんなで桜咲くと行きたいものだ。

という訳で今朝の1枚は、桜は満開なのに曇り空。

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog SE日記 / 2006.04.14 08:57 / TB[0] / CM[0]


昨日もツボ八       モブログ 
20060413082721
今朝もまた雨。
雨の日が続く。春の長雨だ。
昨日は我が職場のドンキングがユーザーの所へのSE派遣が終わり職場に戻ってこられたので、お疲れ様会というか感謝の会だ。
楽しくみんなで飲んで、その勢いでMASA君がストレス発散でタッキー状態になり、またまた田辺のツボ八へ。
結局、ジュンちゃんと終電で帰ることになった。
だから、今朝はちょっと眠くてお疲れちゃんだ。
駅に行くとジュンちゃんがいた。雨降りで今日はバスをやめたようだ。

最近、とみに忙しくなって来た。
前にもブログしたように大きな開発が走り出した。
大きな開発は関わる人間も多く、作業量もそれに比例して多い。作業量が多いとそれだけリスクも大きくなる。
開発が始まったのはいいのだが、決まっていない事も多く、サービス開始も決まっていて、既に危険な雰囲気だ。
そういうこともあり、良いタイミングの飲み会だったと思う。

あー、今日も忙しそうな一日だ。(-"-;)

という訳で今朝の1枚は、MASA君がタッキー状態になったツボ八

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.13 08:27 / TB[0] / CM[0]


終電       SE日記 
20060412235125
今日は飲み会で終電。
酔っ払っているので詳しくはまた明日。
取りあえずジュンちゃんと帰るので一安心。
(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog SE日記 / 2006.04.12 23:51 / TB[0] / CM[0]


アニー       映画 
20060412015420
アニー
この映画が大好きだ。

赤毛の女の子アニー(アイリーン・クイン)は施設で育った孤児。くりくりの髪の毛をした元気な女の子だ。
時代は大恐慌時代のアメリカ。
彼女や仲間の女の子達は、いつか両親が迎えに来てくれると信じ、明日に希望を持ってたくましく暮らしていた。
施設では、アル中のオールドミスのミス・ハンニガン(キャロル・バーネット)に召使のようにこき使われる毎日。
そんなある日、億万長者のウォーバック(アルバート・フィニー)の秘書グレースが、ウォーバックのイメージアップのため、施設の女の子をウォーバック家に招待したいと施設を訪れる。グレースは偶然、居合わせたアニーを一目で気に入り、彼女を招待することに決める。
金儲けにしか興味のなかったウォーバックは彼女と暮らす内に次第に心を通わせ、彼女が掛け替えのない存在になっていくのだが・・・

とこんな感じのお話だ。
ジョン・ヒューストン監督がメガフォンを執ったこの愛すべきミュージカルは日本でもミュージカルとして公演され好評を博した。

この映画、配役や演奏される曲の数々も素晴らしいが、最も素晴らしいのは、主役を演ずるアイリーン・クインの可愛らしさに尽きる。
孤児の施設に暮らしているのだが、決して暗くなることもなく、希望を捨てない。その健気さが胸を打つのだ。
それと、アニーが明日に希望を託し歌うトゥモローが、すごく素敵な歌なのだ。
変かもしれないが、忙しかった日は、こういう映画を見ながらオフタイマーをセットして寝るのが一番だ。

という訳で今晩の就寝前の1枚は、アニー。

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog 映画 / 2006.04.12 01:54 / TB[0] / CM[0]


春の奈良 楽しそうなイベント       モブログ 
20060411090609
昨日に続き今日も雨。桜もせっかく満開になったというのにこの雨で散り始めた。
電車の窓も湿気で曇っている。憂鬱な雨だ。早く止んで欲しい。

先日、アバレッドが吉野に行きたいが、行ったことがないので奈良が実家の私に聞いて来た。
確かに奈良ではあるが、吉野にそう行くわけでもないので観光協会か役場の観光課に聞く方がいいアドバイスしてくれるはずと答えた。

考えるとあまり奈良の事は知らない。
近鉄の駅で「奈良イベントガイドブック」を見つけたので、これから奈良に遊びに行く人のために幾つか春を感じるイベントを紹介したい。

4/15(土)佛隆寺千年桜の花見会
最寄駅:近鉄榛原駅4/15(土)桜のシンフォニー(金峯山寺蔵王堂)
最寄駅:近鉄吉野駅―ロープウェイ山上世界遺産登録記念事業として有名なアーティストを呼ぶそうだ。
4/16(日)香芝花咲きウォーク2006
最寄駅:近鉄関屋駅
香芝市内の菜の花畑と歴史をめぐるハイキングだそうだ。
4/16(日)菜の花まつり(葛城市)
最寄駅:近鉄忍海駅
ハチミツ搾り体験ができるそうだ。
4/22(土)~4/23(日)筍掘り体験(葛城山麓)
最寄駅:近鉄忍海駅
筍掘りを体験できるそうだ。楽しそうだ。

などなど色々楽しそうなイベントが企画されているようだ。
有料のものも無料のものもあるみたいなので、近鉄に問い合わせてから出掛けて欲しい。
紹介したのはごく一部なので、インターネットや近鉄でガイドブックを入手して調べて見るのも楽しそうだ。

という訳で今朝の1枚は雨に咲く桜。

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.11 09:06 / TB[0] / CM[0]


マッハ GoGoGo!!       昭和の思い出 
iconiconヒーローの書き心地シリーズ 油性ボールペン マッハGoGoGoicon
君は覚えているか マッハGoGoGo!!

♪風もふるえる ヘアピンカーブ
こわいものかと ゴーゴーゴー
ホワイト・ボディ マッハ号
負けじ魂 親ゆずり
走り出したら あとには引けぬ
ゆくぞ!勝利のゴールまで
マッハゴーゴー
マッハゴーゴー
マッハゴーゴーゴー




アメリカでも大ヒットしたタツノコプロのTVマンガ。マッハGoGoGo!!
主人公の三船剛が、マッハ号に乗って活躍する子供達の憧れレーサーを主人公にしたマンガだ。
覆面レーサーの声は、あの愛川欣也、キンキンである。
あの流線型のホワイトボディがかっこよかった。このマッハ号はこんな秘密兵器も装備していた。

オートジャッキ(Aボタン:走行中に使うとジャンプ機能になる)
ベルトタイヤ(Bボタン:タイヤに特殊なベルトが装着され、山岳走行(急斜面など)ができるようになる)
カッター(Cボタン:丸鋸が車前面に出てくる。木などを切り倒しながら走行できる “チョッパー”とも呼ばれた)
デフェンサー(Dボタン:座席上部に覆いが被さる)
イブニングアイ(Eボタン:赤外線灯 剛がかぶっているゴーグルで可視化される)
フロッガー(Fボタン:座席上部が覆われ、水中走行を行なう)
ギスモ号(Gボタン:偵察用の小型飛行メカ)
ホーミング(Hボタン:ギスモ号を車に戻す)


主題歌はマンガの主題歌でおなじみのボーカルショップとは別にうっかり八兵衛でおなじみの高橋元太郎さんも歌っていた。

とにかく、かっこよかったなー
    TSUTAYA online 

blogblog 昭和の思い出 / 2006.04.11 00:40 / TB[0] / CM[0]


走れ!エイトマン!       昭和の思い出 
iconiconヒーローの書き心地シリーズ 油性ボールペン エイトマンicon
覚えているだろうか?エイトマン

♪光る海 光る大空 光る大地
行こう無限の地平線
走れエイトマン 弾丸よりも速く
叫べ胸を張れ 鋼鉄の胸を

♪呼んでいる 呼んでいる 呼んでいる
立とう正義の旗のもと
誇れエイトマン 天よりも高く
ふるえその腕を 鋼鉄の腕を

♪燃える空 燃える風 燃える心
進め無敵の力持て
行けエイトマン 誰よりも強く
響け轟け 鋼鉄の男





昔、エイトマンというヒーローのTVマンガがあった。
主人公の名前は東八郎。あのお笑いのアズマックズの亡きお父さんと同じ名前だ。
警視庁捜査一課の刑事だった東八郎が、悪漢に殺され博士の力によってスーパーロボットに脳が移植され、スーパーヒーローとして甦るといった内容だ。
すごいのは、この脚本を書いた人達。原作は平井和正、脚本は豊田有恒、半村良といった超有名なSF作家の面々。
栄養を補給するときは、特殊なタバコを一服するのだ。今の嫌煙時代には、到底放送できない設定だ。
オープニングの歌では、新幹線かなんかを目にも止まらぬ足の動きで追い抜くシーンがあったと思う。
子供ながらに何ともカッコいいヒーローだった。




    TSUTAYA online 

blogblog 昭和の思い出 / 2006.04.11 00:05 / TB[0] / CM[0]


花曇りの桜満開       モブログ 
20060410091506
桜の花もほぼ満開。
まだ、朝は少し寒いが、コートは脱いで今日からジャケットに衣替え。
電車の窓から見える畑に並ぶピンクの小さな花をたくさん付けた低い樹は何だろう。桃の樹かな?
今朝は生憎の曇り空。衣替えはしてみたが、花曇りの空模様。今日は雨になるらしい。

昨日は野球が面白かった。
阪神タイガースの金本がフルイニング出場の世界記録である904試合出場を打ち立てた。実に広島時代から足掛け8年をかけた大記録だ。
昨晩のテレビは、頭にデッドボールを受けても、左手首を痛めても果敢に戦う金本の映像を流し、彼の記録を祝福していた。
試合も結果は、10―5と大差の勝利となったが、8回裏を迎えるまでは6―5の1点差。8回表も藤川が踏ん張ったが、ベイスターズも粘りの攻撃で息の抜けない展開だった。
濱中や藤本の活躍で4点を追加しても最後まで安心出来ない良い試合だった。
金本の記録がかかった試合だったが、緊迫した試合の内容も素晴らしかった。
金本に対し、王さんは1500試合も記録して欲しいと言っていたし、星野さんも連続フルイニング出場が出来なくなる時がやめる時のつもりで頑張って欲しいと彼にエールを送っていた。
星野さんの口からは、尊敬に値する記録という言葉があり、岡田監督も彼にしかわからない世界と、往年の名選手から賞賛の言葉を贈られた。
かつて打ち立てられた大記録はたくさんあったが、先人の名選手から尊敬という言葉を贈られた選手は記憶にない。
それほどすごい記録なのだろう。

金本が言っていたが連続フルイニング出場を目標にしたことで体調管理も出来たし、トレーニングも工夫出来たそうだ。
これを聞いて思ったが、高い目標を立てそれに向かって地道な努力をする事が如何に大事なのかという事だ。
金本にしても8年前に目標を立てたのはできる限りフルイニング出場することで、記録を達成できるかどうかは分からなかった筈だ。だが結果はその地道な努力が実を結び大記録を達成した。

野球だけでなく全てに通ずるものを実感させられた。

という訳で今朝の1枚は、花曇りの満開の桜

あらためて、おめでとう!

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.10 09:15 / TB[0] / CM[0]


おめでとう!金本904試合フルイニング出場       スポーツ 


阪神タイガースVS横浜ベイスターズ第2戦が大阪ドームで行われた。
昨日に達成された金本のフルイニング出場記録903を更新する904試合目の試合だ。
勝敗に関係なく記録は作られるが、記念の試合を白星で飾りたいナインに対し、横浜も今季まだ1勝とそう簡単には阪神に勝ちを譲らない。

阪神が先制し、3回には濱中のホームランで4点差とリードしたものの、4回に江草が連打を浴び追いつかれ、6回に今日2本目の濱中の6号ホームランで再び1点差の6-5。何とも良い試合をするものだ。

ドラマは8回に待っていた。
8回表に藤川が2アウト一二塁のピンチで相川を三振に打ち取り、8回裏に濱中の大きなセンタオーバーの2塁打から口火を切り1アウト一二塁の場面でピンチヒッター桧山。桧山フォアボールで1アウト満塁のまま、赤星と勝負。ふわりと飛んだ赤星のボールはサード後方に上がり、村田がエラーで濱中が生還。5-7の2点差に。
なおも1アウト満塁で藤本がタイムリーヒットで2人生還し、更に2点追加。やったぞ藤本!!9-5の4点差。
1アウト一三塁とチャンスが続く。シーツ内野安打で10-5!!
1アウト一二塁でいよいよ金本の登場。金本は大きなファールフライを放つが惜しくも三振で2アウト。今岡がピッチャーゴロで3アウト。

いよいよ、最終回の守りに金本がつく。
マウンドは久保田。先頭打者古木をサード横のファールフライに仕留める。続く石井はヒットで1アウト一塁。小池、三振でいよいよあと1人。
最後の打者は、金城。久保田が三振に打ち取り、金本記録達成!!

おめでとう!!金本!!





    TSUTAYA online 

blogblog スポーツ / 2006.04.09 17:23 / TB[1] / CM[3]


150キロのボールを投げる!       スポーツ 

WBCで王JAPANが世界一になったこともあり、今、野球が注目されている。
今日は阪神タイガース横浜ベイスターズの試合を見たが、金本のフルイニング出場903試合の世界タイ記録も掛かった試合で、緊迫した展開でとても面白かった。
確かに熱く気迫に満ちた試合は面白い。
これからのペナントレースもこの調子でがんばって欲しい。

ところで、今日本屋で「150キロのボールを投げる!」とすごいタイトルの野球のガイドブックというか入門書が置いてあった。
タイトルは、本当?というような感じだが、本の内容はすごく真面目。ボールの握り方やリリースポイントやフォーム、練習方法などが細かく解説されていて、大リーガーの写真も交えて解説してあった。
これから、野球を始める人やプロ野球選手になる人に読んで欲しいような内容だ。
本の作者は石川県立津幡高等学校の先生だ。150キロは中々難しそうだが、球速を10キロアップすることは可能なようだ。

野球に夢を持つお子さんや友達に進めてあげて欲しい。
    TSUTAYA online 

blogblog スポーツ / 2006.04.08 22:16 / TB[0] / CM[1]


キノ畑キノ三郎 事件簿2       モブログ 
20060407090620
「忘れられた傘の柄事件」から事件も起こっていなかったが、今朝またネタ、いや訂正ヾ(^_^;事件が発生した。

事件現場は、以前の事件で傘の柄が忘れられた場所のすぐ近くにある公園の入口付近だ。今度は、1台のシャベルカーだ。2歳から4歳児が乗るシャベルカーだ。昨晩の帰り道には辺りが暗かったせいかシャベルカーには気付かなかったが、昨日の夕方ぐらいから現場に放置されていると思われる。

シャベルカーということは、男の子だと思われるが、お母さんが一緒にいたらシャベルカーを忘れて帰るとは考えにくい。そう考えるともうすぐ5歳になるぐらいの男の子が、近所のお兄ちゃんか兄弟と遊んでいて忘れて帰っちゃったと推理するのが妥当だろう。
彼の昨日の行動を推測するとこんな感じだったと思われる。
昨日は晴天、いつものように近所のお友達と遊んで、最初の内は仲良く遊んでいたが、些細な事で年下の彼は、ちょっと意地悪をされたのだろう。子供の世界ではよくある事で、こういう経験を通して社会性を身に付けていく。

時間はひとしきり遊んだ夕方の5時頃。どの家庭の子供もお母さんから厳しく言い付けられている良い子の帰宅時間だ。
友達から意地悪を受けた彼は、みんなが「もうAちゃんと遊ぶのつまんないから帰ろうっと」と言われて帰って行くのを目の当たりにして、急にお母さんが恋しくなり、愛車のシャベルカーを忘れて帰ったのだろう。

ところが彼の気持ちに反し、夕方5時過ぎはお母さん達にとっては、夕飯の支度をする最も忙しい時間帯。一日の疲れもあり、少しカリカリする時間帯だ。泣きべそをかいて帰って来た彼を見て、彼の期待とは裏腹に「泣くぐらいだったら遊びに行かないで。もうすぐ幼稚園に行くお兄ちゃんでしょ」と叱られ、「だってBちゃんが意地悪したんだよ」と言っても取り合ってもらえなかったと思われる。このような経験を通して彼は、世の中は自分の思ったとおりにはいかない不条理な一面があることを学んだだろう。

彼の本当の試練は今日の朝に起こる筈だ。
朝、お母さんが彼の愛車がない事に気付き、彼はまたお説教だ。このシャベルカーだが、トイザらスで購入しても結構なお値段の遊具だ。多分、同居しているお祖父ちゃんが孫可愛さにプレゼントした物だろう。
説教されている孫を見てすかさず、お祖父ちゃんが割って入ったに違いないと思う。
「まあそんなに怒ってやらなくても、よし子さん。お祖父ちゃんと一緒に探しに行こうなA坊。」と甘あま発言。
これにむっとするお母さん。「お祖父ちゃんがそうやって甘やかすからこの子は物を大事にしないんです。甘やかすのも程々にして下さい。(-"-;)」とちょい切れ。
この会話を聞いていた彼は、味方の大事さや立ち回り方を学んだだろう。

という訳で彼や彼の家族が気付かない所で生きて行く知恵を見に付けているのだ。

キノ畑キノ三郎でした。d(^-^)

という訳で今朝の1枚は忘れられたシャベルカー。

(=^・^=)kinop

** Kino **
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2006.04.07 09:06 / TB[0] / CM[0]



 +  OLD >


Link

クリックで救える命がある クリック募金とは、クリック募金サイト上の募金ボタンをクリックするだけで、無料で募金ができる仕組みです。 あなたに代わって、スポンサー企業が寄付をしてくれます。
難病情報センター 難病情報センターは、厚生労働省が難治性疾患克服研究事業(特定疾患調査研究分野)としている疾患を中心とした情報を提供しています。
J-FOP~光~ 進行性骨化(化骨)性線維異形成症の患者会のサイトです。FOPの正しい理解、寄付や署名の呼びかけ、活動記録の紹介をされています。
細菌性髄膜炎から子ども達を守りたい 年間約1000人の子ども達が細菌性髄膜炎に自然感染 5%の方が亡くなり、4人に1人後遺症に苦しんでいます。細菌性髄膜炎は、ワクチンで救える病気ですが、まだ十分な医療体制にはないそうです。正しい理解とその活動の記録や支援の呼びかけをされています。
日本ユニセフ協会
ユニセフは、第二次大戦で被災した子どもたちの緊急援助を目的に1946年の第1回国連総会で国連国際児童緊急基金(United Nations International Children's Emergency Fund=UNICEF)として設立されました。その後、活動の重点を開発途上国の子どもたちを対象とした社会開発に移し、国連児童基金(United Nations Children's Fund)と改称されましたが、UNICEFの略称は世界中の人々に親しまれていたため、そのまま現在まで引き継がれています。ユニセフは子どもの権利を擁護する主要な団体であり、2005年現在、155の国と地域で子どもたちの生存と健やかな発達を守るため、保健、栄養、水と衛生、教育などの支援事業をその国の政府やNGO、コミュニティと協力しながら実施しています。また、先進工業国37カ国にユニセフ国内委員会があり、アドボカシー活動(政策提言活動)と募金活動を支えています。資金はすべて任意拠出であり、その3分の2は各国政府からの、3分の1は民間からの拠出です。ユニセフは1965年にノーベル平和賞を受賞。2001年にも、国際連合、国連事務総長コフィ・A・アナンとともにノーベル平和賞を共同受賞しました。
WWF(世界自然保護基金)は、約100カ国で活動する世界最大の自然保護NGO(非政府組織)です。人と自然との共存をめざして、生態系の保全から地球温暖化防止まで幅広く、世界の自然を守る活動に取り組んでいます。WWFの活動はすべて、一般の方々からの会費やご寄付によって支えられています。
JHP・学校をつくる会
JHPは戦争や自然災害で教育の機会を奪われた世界の子ども達に、人種、国籍、宗教、その他の信条の違いにかかわらず広く教育等の援助を行い、また紛争や自然災害で被害を蒙った人々への救援活動と、これらの活動を通じて、次代を担う若者達への地球市民教育を実践することを目的としています。
日本国際ボランティアセンター
JVCは、1980年にインドシナ難民救援を機にタイ・バンコクで設立されました。当初タイ国境難民キャンプでの支援活動を行っていましたが、その後、孤立していたカンボジア国内などインドシナ3カ国の復興に協力し、和平への提言も行いました。また広く難民を生まない国づくりを目指した開発協力支援を行うようになりました。現在は、9カ国・地域で、農村開発支援や教育支援などの開発協力活動、紛争地域での緊急医療活動や交流、関係する調査提言活動を行っています。


KinoLog Factory


KinoLog FactoryでCalligraphy作品を公開中。


Flower


想いを花にのせて スプリングギフト


Music


art1_120x90.jpg

ショップ紹介(小)2


Watch


ブランドロゴ2




MoMA


160-600_flatware=0">


* Designed by cadet; * -----【Login】