FC2ブログ

KinoLog        blog  blog

油控えめ万博世代・40代の映画日記。



06 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 »08

Counter



Tora Clock FLASH

FLASHで時計を作って見ました。ダウンロードしたファイルを携帯にメールで転送すると待ち受けになります。下の赤い字の部分を見てね。

携帯用待受けFLASHはこのテキストの上で右クリックして、対象をファイルに保存(A)を選んでください!
リンク先は携帯用コンテンツなのでPCでも表示されますが、時間が表示されません。


最近の記事


お気に入り

いもとようこの世界 Imoto.gif
『ないた赤おに』や『3びきのくま』など素敵な絵本作家のいもとようこ先生の公式サイトです。
TORA WEB


カテゴリー


リンク

このブログをリンクに追加する


プロフィール

kinop

Author:kinop

油控えめ40代映画好き。普通のおじさん。
嫁一人、大学生の息子一人、ネコ一匹。最近、ウサギのポコとモモが冥界へ旅立ち、3人と1匹の我がB型家族。40代も半ばになり、楽しかった70年代に思いを馳せる今日この頃です。仕事はかっこよく言うとIT関係。でも給料は下がる一方。(トホホ・・・)
Profileの写真は、私じゃなく我が家のTORAが車から雪景色を眺めているところ。



月別アーカイブ


最近のコメント


最近のトラックバック


RSSフィード


全ての記事を表示する

全ての記事を表示する


ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


TORA音楽涙するとき映画SE日記

ああいいなぁモブログテレビ・ドラマ欲しいもの


 iTunes Store(Japan)


河川敷の風       モブログ 
20070728133110
今日も快晴。病院内はいつも温度は一定で寒くもなく暑くもなく快適な温度に設定されている。外を歩くと日差しは強く夏を実感する。だけど、日蔭に入ると病院の裏に流れる淀川の水面からそよ風が吹き、心地良い。この辺りは、宇治川と木津川が交わる場所のすぐ下流なので、流れもまだ綺麗なため、嫌な臭いがすることもない。河川敷は公園になっていて、サイクリングのコースもある。何とも長閑な光景だ。

今日は、会社のバッちゃんが顔を見に来てくれた。
今日もまた昼間は退屈することもなさそうだ。感謝、感謝。

(=^・^=)kinop
スポンサーサイト



    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2007.07.28 13:31 / TB[0] / CM[6]


スズメ       モブログ 
2007072716120120070727161405
病院の敷地の端にベンチのあるあずま屋があり、入院患者の人や病院のスタッフの人が一服出来る場所がある。入院を機会に煙草も止められれば良いのだが、意志が強くないので、回数は少ないが1日に何回か散歩を兼ねて行っている。日差しはきついが、日蔭に入ると外の風にふれて心地よい。あずま屋の付近は、芝生があり、低い木の木陰にはスズメがいる。普段の生活ではスズメを気にすることもあまりなかったが、ゆったりしているので、スズメが囀る声に耳を傾け、その愛らしい姿を見て和む時間をもつことが出来る。入院生活自体は退屈で早く退院したいが、ゆったりした時間を持てるのも入院しているからだ。
同じような患者さんは、パンを持って来てスズメにパンをちぎって与えている。すると最初は数羽だったスズメが、1羽2羽と増え次第に20~30羽に増え、パンをくわえては飛んでいく。その姿をぼんやり眺めていると、時間が穏やかに流れていく。こんなにゆっくりした気持ちになるのはいつ以来だろうか。
病気になって入院して、みんなに心配をかけて、暢気なことを言うのも何だが、スズメを見ているとそんなことを思う。

昼間は、毎日おばさんやいとこや会社の人達に嫁さんや息子にお母さんが、顔を見に来てくれて、申し訳ないやら有り難いやら、退屈することもない。皆さんの愛情に感謝、感謝だ。
心配してくれるみんなのためにも気持ちを穏やかにして、早く良くなるように治療に努めたいと思う。後もう少ししたら息子も顔を見に来る。あらためて優しい人達に囲まれ、自分は幸せな人間だと思う。

こうして今日も1日が過ぎて行く。

(=^・^=)kinop
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2007.07.27 16:12 / TB[0] / CM[2]


下の世話       モブログ 
20070726175153
24日に手術も終わり、今日で2日目。手術と言っても内視鏡を使った手術なので、開腹したりしていないから術後が大分と楽だ。今日は尿道のカテーテルを外してもらい、少し痛むが、異物がなくなり良い気分だ。
点滴も終わり、いろんなホースから解放された。自由は素晴らしい。カテーテルを外してくれた看護士さんが天使に見えた。

病院では、先生をはじめ多くの看護士さんやスタッフの方にお世話になっている。何よりも頭が下がるのが、下の世話をしていただくことだ。病院の生活では、手術を伴ったり、泌尿器に関わる病気の場合は、何かと下のお世話をしてもらわないといけない。看護士さんの当然の仕事と言えばそうなのだが、知らない他人の下の世話をするというのは大変なことだ。嫁さんやお母さんお父さんの面倒を見るのではなく、会ったばかりの患者の下の世話をするのは大変なお仕事だ。嫌な顔をせず、笑顔で一生懸命に対応してくれる。患者さんも痴呆気味の方がいたり、症状によっては頻繁に処置や看護が必要で、1人で何人もの患者の世話をしなければならない。本当にハードで大変なお仕事だ。

自分が選んだ職業に真摯に取り組み、患者のために一生懸命に働かれている姿は美しく、尊敬に値する。自分が病気になって看護を受けてあらためて、看護士の方々の働きに感謝し、尊敬をしている。

看護の「看」という字は、「みる」とも読み看取るや見守るという意味を持つ。手を目の上にかざしてよく見るという字だ。相手のことをよく観察し、何をしてあげないといけないかに注力し、患者の立場になって考えてくれるという仕事をされている人が看護士さんだということにあらためて気が付く。本当に頭が下がる思いだ。

私も看護士さんをはじめ、病院の方々に感謝し、順調に治療を受けさせてもらっている。感謝、感謝である。

hokurikucatさんをはじめ、心優しいブログファミリーの皆様の温かい励ましのお言葉や私のことを心配してくれる親戚や会社の仲間のおかげでゆっくり治療に専念することが出来ています。やはり、感謝、感謝です。本当にありがとうございます。

(=^・^=)kinop
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2007.07.26 17:51 / TB[0] / CM[2]


入院生活その2       モブログ 
20070723151003
今日からまた違う病院に入院しました。明日、悪いところを治療するための手術の予定です。chiecomさん、サンザシさんご夫妻、marikamoさん、reiさん、karankoronさん、あんじゅなさん、温かく心のこもったメッセージありがとうございました。貧血の退院後、体調は良好で入院先のベッドの空き待ちで自宅療養していました。今回の入院は1週間ぐらいの予定で、その後は手術の結果をみて治療方針を決めるらしいです。場所は自宅から車で30分のところで真新しい病院です。1階には24時間営業のファミマまであり、2階にはドトールコーヒーもあり、施設は充実しています。
とは言っても病院は病院、入院は入院なので早く退院したいものです。

今度は退院したらブログでご報告したいと思います。ご心配おかけしますが、おとなしく治療に専念したいと思いますのでご安心下さい。

ではまた、チャオ!

(=^・^=)kinop
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2007.07.23 15:10 / TB[0] / CM[4]


入院生活       モブログ 
20070708145235
入院して4日目、今日は輸血がない。トータルで2800CCの輸血をした。顔色も元に戻ってきた。病院に来るまでは自分でもわかるほど色が白っぽかった。血の気がないという顔色だ。輸血をしてもらって、体は本当に楽になった。歩くのも苦にならない。

病院の生活はとにかく1日が長い。何もすることがない。食事以外は、本を読むか、テレビを見るか、寝るだけだ。ベッドの上でテレビを見ていても、そう見たいものがあるわけでもないし、本も読んでいると飽きてくる。後はボーっとするだけ。入院生活がこれほど退屈だとは、想像以上だった。規則正しい生活だが、健康的ではないなあ。
ただ、予想外だったのは、病院のご飯が以外とおいしいことだ。朝は7時半に朝食、昼は12時前、夜は6時と決まった時間に決まった量の食事が出される。味は薄味で荷物や魚が多い。ご飯は1杯半程度。腹八分目の量。調度良いくらいだ。

一番つらいのは夜が長いことだ。夜は6時に食事をとって10時には消灯だけど、体力をほとんど使っていないのでなかなか寝れない。布団には入っているが、寝付けないのだ。目をつぶってもちっとも眠くならない。あれやこれやいろんな事を考えるとまた目が覚める。悶々とするけど時間は経たない。夜が一番苦痛だ。規則正しくはないが、自分のペースで生活する有り難さをつくづく実感する。

昨日は、退屈だろうと思って坊主が病院に来てくれた。昼過ぎから6時半ぐらいまで居たので、暇つぶしができた。優しい息子に感謝感謝。

一応、今入っている病院は明日退院する予定だ。。明日の夜は自宅で寝れる。あー、TORAはどうしてるかな。

という訳でご心配をかけますが、取りあえず生きてます。早く復活できるように規則正しい入院生活をしてがんばります。

(=^・^=)kinop
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2007.07.08 14:52 / TB[0] / CM[8]


入院しました       モブログ 
20070706195757
今、病院のベッドの中からブログしている。あまりにも調子が良くないので、昨日の朝に病院に行った。病院で血液検査をしたら歩けてるのが不思議なぐらいの貧血だそうだ。ヘモグロビンが普通で12ぐらいあるべきところが、3しかない状態だそうだ。という訳で急遽入院して輸血と検査をすることになった。CT撮影やレントゲンを撮って、夕方から輸血開始。昨日と今日で2000CCを輸血した。まだこれでもヘモグロビンの値は6ぐらいで明日もまた輸血する。
3月ぐらいから調子が悪かったが、無理をしたのが仇になったようだ。でも、輸血されてかなり楽になった。病院に来るまでは、10m歩くと休憩しないと動悸がして歩けないぐらいだった。

入院は生まれてこの方、初めてだ。検査以外は何もすることがない。ご飯も6時には食べ終わると後は寝るだけ。こんな時間の使い方があるとは思わなかった。

あー、しばらくは病院暮しだ。トホホ。

(=^・^=)kinop
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2007.07.06 19:57 / TB[0] / CM[4]


疲労回復の時       モブログ 
20070703165720
今朝は雨。梅雨らしいお天気だ。

最近、疲れている。ブログも書かない日が最近多い。6月はいつもの月の半分ぐらいだった。3月から5月にかけて忙しかった疲れがどっとでてきた感じだ。みなさんのブログにも遊びに伺えず、ご無沙汰している。
今日は健康診断なので、よく診てもらおうと思ったら受け付け時間を間違えてしまった。明日また受けよう。

疲れは、度を超えた忙しさの後にやってくる。精神的にも肉体的にも許容範囲以上に負荷が掛かると体が悲鳴をあげる訳だ。「疲れる」という字は、やまいだれに音符の「皮」が付き、波形にぐにゃっと曲がるという状態を表し、病気やつかれでからだがしゃんとしないという意味になる。フニャフニャということだ。「労」という字もつかれるという意味の字だ。「疲労」は疲れた状態を表す熟語だ。「労」の旧字は「勞」と書き、かがり火の省略形に「力」が加わり、火を燃やし尽くすように力を尽くすという意味だ。とことん働いた結果が、疲労なのだ。

分かっていながら、やり過ぎて疲労してしまう。度を超してしまうのだ。忙しくなると、加減が出来なくなるからだろう。「忙しい」は心を亡くしてしまう状態だ。心を亡くすほど働いちゃいけない。何事もほどほどが肝要だ。

TORAは、毎日元気でうらやましい。ちょっと、ペースを落として疲労回復したいものだ。

(=^・^=)kinop
    TSUTAYA online 

blogblog モブログ / 2007.07.03 16:57 / TB[0] / CM[1]


若者のすべて       映画 
20070702145428
アラン・ドロンは、好きな俳優だ。太陽がいっぱい、さらば友よ、冒険者、生きる歓び、ボルサリーノ、黒いチューリップなど多くの映画に主演したフランスの俳優だ。いろんな作品に出演しているが、どちらかといえばクールな2枚目役が多く、悲しい結末が多い。陰りのある雰囲気がそうさせるのか、ハッピーエンドはあまりない。若い頃は、名匠ルキノ・ヴィスコンティにも起用され、山猫や若者のすべてに出演している。若者のすべては、ある青年の都会での生活を描いた作品だが、その主人公のロッコをアラン・ドロンが演じた。

若者のすべて
[原題]Rocco e i suoi Fratelli
[製作国]イタリア
[製作年]1960年
[配給]イタリフィルム

監督: Luchino Visconti ルキノ・ヴィスコンティ
製作: Goffredo Lombardo ゴッフレード・ロンバルド
原案: Luchino Visconti ルキノ・ヴィスコンティ
原案: Vasco Pratolini ヴァスコ・プラトリーニ
原案: Suso Cecchi D'Amico スーゾ・チェッキ・ダミーコ
脚色: Luchino Visconti ルキノ・ヴィスコンティ
脚色: Suso Cecchi D'Amico スーゾ・チェッキ・ダミーコ
脚色: Pasquale Festa Campanile パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ
脚色: Massimo Franciosa マッシモ・フランシオーサ
脚色: Enrico Medioli エンリコ・メディオーリ
撮影: Giuseppe Rotunno ジュゼッペ・ロトゥンノ
音楽: Nino Rota ニーノ・ロータ
美術: Mario Garbuglia マリオ・ガルブリア
編集: Mario Serandrei マリオ・セランドレイ
【出演】
Alain Delon アラン・ドロン
Renato Salvatori レナート・サルヴァトーリ
Annie Girardot アニー・ジラルド
Katina Paxinou カティーナ・パクシー
Roger Hanin ロジェ・アナン
Paolo Stoppa パオロ・ストッパ
Suzy Delair シュジ・ドレール
Claudia Cardinale クラウディア・カルディナーレ
Spiros Focas スピロス・フォカス

この作品は1960年度ヴェニス映画祭で審査員特別賞を受賞した。

200707021500031955年のある晩、ロッコ(アラン・ドロン)とその兄弟は、母親ロザリアとともにミラノ駅についた。父親を失った一家は故郷ルカニアから、ミラノで働いている長男ヴィンツェンツォを尋ねてきたのだ。ヴィンツェンツォには美しいジネッタ(クラウディア・カルディナーレ)という婚約者がいた。一家は翌日から家と職探しに奔走した。ヴィンツェンツォはプロ・ボクサーを志し、次男シモーネ(レナート・サルヴァトーリ)と三男ロッコもクラブに出入りするようになった。シモーネは貧困と不遇の青春のうっぷんをグローブに賭けた。これにボクサーくずれの男モリーニが目をつけ、たちまちシモーネを悪の世界にひきずりこんだ。その頃、シモーネは娼婦のナディア(アニー・ジラルド)という女に溺れていた。素質のあるロッコは気立てが優しく、ボクサーを嫌ってクリーニング店で働いていた。が、シモーネが店の主人のブローチを盗み、ロッコは疑いをかけられ、クリーニング店をやめさせられてしまう。ロッコに徴兵の通知が届く。1年2ヶ月の時が流れ、兵役を終え帰郷する途中、ロッコは刑務所を出所したナディアに会う。彼女はロッコに好意を寄せる。シモーネは堕落し
、ナディアの更生やロッコの噂を聞き、ロッコに嫉妬する。ある晩、橋の上でロッコとナディアを待伏せしたシモーネ一味が二人を襲う。仲間にロッコを押えさせ、シモーネはナディアを暴力で犯した。数日後、ナディアはロッコに求婚するのだが、ロッコは、堕落し荒れているシモーネを救えるのは彼女だけだとさとり、身をひく。ロッコの思いに反し、絶望したナディアはまた悪の世界に戻り、シモーネも借金のために告発された。ロッコは兄を助けるため、気のすすまぬボクサーの契約をする。ミラノに着て5年、シモーネ以外はそれぞれ幸福に暮らしていた。ヴィンツェンツォは二人目の子供が生まれ、四男のチーロはアルファ・ロメロに就職していた。ロッコの夢は生まれ故郷のルカニアに帰ることだった。ある日、ロッコがボクシングの試合で勝利し、一家で祝っている席上に、落ちぶれたシモーネが帰ってきた。シモーネはナディアを殺してきたのだ。ロッコだけは彼を暖く迎え、二人の兄弟は男泣きに泣き、いつまでも抱きあっていた。

何ともやる瀬ないお話だ。上映時間も177分とかなり長い映画だ。イタリアン・ネオリアリズモの傑作として、ある家族の変容、崩壊、希望と絶望を描いた作品だ。正直なところ、やり切れない思いのお話だが、いろんなことを考えさせられる映画だ。 (=^・^=)kinop
    TSUTAYA online 

blogblog 映画 / 2007.07.02 14:54 / TB[0] / CM[1]



 + 


Link

クリックで救える命がある クリック募金とは、クリック募金サイト上の募金ボタンをクリックするだけで、無料で募金ができる仕組みです。 あなたに代わって、スポンサー企業が寄付をしてくれます。
難病情報センター 難病情報センターは、厚生労働省が難治性疾患克服研究事業(特定疾患調査研究分野)としている疾患を中心とした情報を提供しています。
J-FOP~光~ 進行性骨化(化骨)性線維異形成症の患者会のサイトです。FOPの正しい理解、寄付や署名の呼びかけ、活動記録の紹介をされています。
細菌性髄膜炎から子ども達を守りたい 年間約1000人の子ども達が細菌性髄膜炎に自然感染 5%の方が亡くなり、4人に1人後遺症に苦しんでいます。細菌性髄膜炎は、ワクチンで救える病気ですが、まだ十分な医療体制にはないそうです。正しい理解とその活動の記録や支援の呼びかけをされています。
日本ユニセフ協会
ユニセフは、第二次大戦で被災した子どもたちの緊急援助を目的に1946年の第1回国連総会で国連国際児童緊急基金(United Nations International Children's Emergency Fund=UNICEF)として設立されました。その後、活動の重点を開発途上国の子どもたちを対象とした社会開発に移し、国連児童基金(United Nations Children's Fund)と改称されましたが、UNICEFの略称は世界中の人々に親しまれていたため、そのまま現在まで引き継がれています。ユニセフは子どもの権利を擁護する主要な団体であり、2005年現在、155の国と地域で子どもたちの生存と健やかな発達を守るため、保健、栄養、水と衛生、教育などの支援事業をその国の政府やNGO、コミュニティと協力しながら実施しています。また、先進工業国37カ国にユニセフ国内委員会があり、アドボカシー活動(政策提言活動)と募金活動を支えています。資金はすべて任意拠出であり、その3分の2は各国政府からの、3分の1は民間からの拠出です。ユニセフは1965年にノーベル平和賞を受賞。2001年にも、国際連合、国連事務総長コフィ・A・アナンとともにノーベル平和賞を共同受賞しました。
WWF(世界自然保護基金)は、約100カ国で活動する世界最大の自然保護NGO(非政府組織)です。人と自然との共存をめざして、生態系の保全から地球温暖化防止まで幅広く、世界の自然を守る活動に取り組んでいます。WWFの活動はすべて、一般の方々からの会費やご寄付によって支えられています。
JHP・学校をつくる会
JHPは戦争や自然災害で教育の機会を奪われた世界の子ども達に、人種、国籍、宗教、その他の信条の違いにかかわらず広く教育等の援助を行い、また紛争や自然災害で被害を蒙った人々への救援活動と、これらの活動を通じて、次代を担う若者達への地球市民教育を実践することを目的としています。
日本国際ボランティアセンター
JVCは、1980年にインドシナ難民救援を機にタイ・バンコクで設立されました。当初タイ国境難民キャンプでの支援活動を行っていましたが、その後、孤立していたカンボジア国内などインドシナ3カ国の復興に協力し、和平への提言も行いました。また広く難民を生まない国づくりを目指した開発協力支援を行うようになりました。現在は、9カ国・地域で、農村開発支援や教育支援などの開発協力活動、紛争地域での緊急医療活動や交流、関係する調査提言活動を行っています。


KinoLog Factory


KinoLog FactoryでCalligraphy作品を公開中。


Flower


想いを花にのせて スプリングギフト


Music


art1_120x90.jpg

ショップ紹介(小)2


Watch


ブランドロゴ2




MoMA


160-600_flatware=0">


* Designed by cadet; * -----【Login】