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油控えめ万博世代・40代の映画日記。



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kinop

Author:kinop

油控えめ40代映画好き。普通のおじさん。
嫁一人、大学生の息子一人、ネコ一匹。最近、ウサギのポコとモモが冥界へ旅立ち、3人と1匹の我がB型家族。40代も半ばになり、楽しかった70年代に思いを馳せる今日この頃です。仕事はかっこよく言うとIT関係。でも給料は下がる一方。(トホホ・・・)
Profileの写真は、私じゃなく我が家のTORAが車から雪景色を眺めているところ。



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京都みなみ会館       モブログ 
20080917105722今朝は晴れ。台風は今どこだろうか?19日ぐらいに九州に上陸とか言っていたが、逸れてくれるといいなあ、
朝晩は結構涼しくなってきた。季節の変わり目なので、皆さん風邪には気をつけてね。

パラリンピックの放送を見逃すことが多く、車椅子テニスの国枝選手が、金メダルを獲得したのも見れなかった。聞くところによると、車椅子テニスの国際的な大会を全て優勝し、パラリンピックで5冠だそうだ。すごいなあ。

昨日は、有給休暇の半端をとり、半日仕事をして昼から帰った。元々、休むような用事はなかったので、会社の近くにある京都みなみ会館へ映画を観に行った。この映画館は、席数も少なく、小さなスクリーンの町の映画館だ。スクリーンの周りは臙脂のビロードの幕があり、金文字で「京都みなみ会館」と書かれている。昔、中学の時によく行った田舎の三本立て映画館に似た雰囲気だ。
京都みなみ会館では、封切り館のように1本の映画を上映するのではなく、複数の映画を時間を分けて上映している。上映する作品もメジャーな最新作品ではなく、インディーズのかおりがする作品や低予算ながら良い作品を邦画・洋画の区別なく上映している。最近流行りのシネコンとは違った味のある映画館だ。
映画館の待ち合いも昔ながらの感じで、次の上映を待つお客さんが、ニコニコして待っている。おばちゃんどうし、映画好きのおにいさんなど、ほのぼのとして良い感じだ。
そんな魅力やマイナーな良い作品を扱う映画館が少ないので、結構人気のある映画館なのだ。映画上映前のアナウンスがまた良い。「館内のクーラーが少し寒い方には、膝掛けをお貸ししますので、お申しつけ下さい。」なんて言ってくれる。

で、何を観たかというと、先日ブログにも紹介したが、ネコナデを観に行った。
大杉漣さん演じる自分にも周りにも厳しい中年サラリーマンが、1匹の子猫に出会って生き方が少し変わり始めるという物語だ。監督の大森美香さんは、大杉漣さんを主役にイメージして作品を作りたかったらしく、大杉漣さんが実に良い。大杉漣さんは主役の鬼塚人事部長。名前のとおりのIT企業の鬼部長なのだ。新人には厳しい研修を行い、能力の低い者は容赦なく切り捨てる。
だが、会社の帰り道にベンチに座り胃薬を飲んでから帰宅する。実はそういう生活に少なからずストレスに堪えているのであった。
そんなある日、子猫と出会いつぶらな瞳で見つめられ、会社が研修のために借りているマンションでこっそり子猫を飼い始める…。
これ以上話すと楽しみにしている人に悪いので書かないが、優しい良い映画なのだ。

この映画の良いところは動物が好きな人には分かる描写が上手く描かれているところだ。
捨てられた子猫を前にし、後ろ髪を引かれる思いに堪えて背中を向ける姿
部屋からいなくなった子猫を捜し回り、見つけた時のホッとした嬉しそうな表情
などなど、分かる分かるその気持ちというシーンが散りばめられている。誰もが経験しただろうシチュエーションなのだ。大杉漣さんも役と自分の境界がなくなるのを感じながら演技したそうだ。

久しぶりに映画館で映画を見たが、なかなか良いものだ。
ネコナデ、お勧めである。

(=^・^=)kinop
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blogblog モブログ / 2008.09.17 10:57 / TB[0] / CM[3]


最速!       モブログ 
20080912091416
今朝は晴れ。朝は少し冷え込んで寝ていると肌寒かった。日中はまだ少し暑いが、秋に近づいているのを実感する。

オリンピックではいろんな競技を観て、感動と興奮をさせていただいた。怪我や挫折感を乗り越え、果敢に挑戦する姿の美しさに拍手を送った。パラリンピックも同じ。何も違いはない。日の丸を背負いJAPANと書かれたキャップやユニフォームを纏い必死に闘う姿にすごいなあと毎日驚き、テレビに見入っている。

9日に自転車の脳性まひクラスの男子1000メートルタイムトライアルで石井雅史選手が、世界新記録をマークして優勝し、北京パラリンピックで日本勢初の金メダルを獲得した。石井選手は、その2日前に行われた3000メートル個人追い抜きでも銀メダルを獲得しており、2個のメダルを獲得した。
石井選手は元プロの競輪選手。練習中の事故で頭を強打し、高次脳機能障害になり、記憶障害や運動機能障害に苦しみながらも家族やお父さん、周りの人達に支えられ、見事金メダルを獲得した。
石井選手は結婚直前に事故にあったが、奥さんの気持ちが変わることはなく、彼を励まし続け金メダルを勝ち取った。

20080912093403

昨日は競泳男子50メートル平泳ぎ(運動機能障害)で鈴木孝幸選手が金メダルを獲得した。予選では世界新記録を達成し、決勝に挑み勝ち取った金メダルだ。鈴木選手は早稲田大学の学生さん。生れつきの四肢欠損で両足は膝の上までしかなく、右腕も肘のあたりまでの状態。子供の頃にスイミング教室で教えた先生もスタンドで必死に応援していた。先生のお話によると、鈴木選手は子供の頃から負けず嫌いだったそうだ。四肢欠損の障害はバランスをとるのが難しく、遊びながら身につけたらしい。その教え子が金メダルをとって、さぞかし嬉しかっただろうなあ。

昨日は男子バスケットボールも接戦を制し2勝目を上げた。嫁さんと録画のハイライトで興奮して拍手していた。
その話題はまた明日。そういえばボッチャもまだだ。

いやいや、本当に凄いなあ。

(=^・^=)kinop
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blogblog モブログ / 2008.09.12 09:14 / TB[0] / CM[0]


コートの格闘技       モブログ 
20080911091623
今朝は晴れ。爽やかな朝だ。

昨日、北京パラリンピックでは女子車椅子バスケットボール日本チームが見事4連勝を果たした。テレビでハイライトを見たが、スピーディーでファイトあふれるプレーに見入ってしまった。素早いなパス回し、ゴール下での見事なリバウンド対応、正確なスリーポイントシュートと全てに高いレベルのプレーを披露していた。
車椅子バスケットボールは、各選手の障害の重さに応じポイントが決まっており、試合途中のメンバーチェンジも含めてコートにいる5人の選手の合計ポイントが14ポイント以下にならないといけない。
選手は競技用の車椅子に乗ってプレーする。普通の車椅子と違い車輪がハの字になっていて倒れにくく安定性と回転しやすい構造になっている。ブレーキなどゲームに不要な装置は外し軽量化されている。この車椅子でコートを駆け回る。競技に合わせた車椅子だが、それでも激しいぶつかり合いで転倒することも少なからずある。格闘技と言っても過言ではない激しくスピーディーなスポーツなのだ。

20080911092512以前、マーダーボールというドキュメンタリを見たが、プレーする選手はマッチョで闘志あふれ車椅子をぶつけ合ってボールを奪い合う姿に驚いた。見ていて、ああカッコイイなあと感動してしまう。


昨日もう1つ感動したのはシッティングバレーボールだ。日本の女子チームは今回の大会が初出場。シッティングバレーボールは6人制で低いネットと狭いコートでプレーするバレーボールだ。基本的にはバレーボールと同じルールだが、全員座った状態でなければならない。お尻を浮かせると反則になる。レシーブもトスもアタックも全て座ったまま。相手の打ったボールを素早く動いて拾うのは、かなり難度が高い。ゲストで出演していた増子直美さんは、ボランティアで一緒にプレーしたことがあるが、移動が難しく座ったままの状態からボールを打つのは本当に難しいと話されていた。

20080911092802
今回の大会では出場した選手以外にもう一人出場を予定していた女性がいた。朝野久美さんという21才の女性だ。神戸新聞によると、朝野さんは中学生の時、骨肉腫で左脚の太ももから下を切断し、リハビリ中にシッティングバレーと出会い、五月にパラリンピック代表に選ばれた。しかし、左胸に腫瘍の転移が見つかり、抗がん剤治療を受けたが、八月十二日に亡くなった。
ベンチには彼女の笑顔の遺影と12番のユニフォームが置かれ、一緒に闘っている。競技人口もまだまだ少なく体格で勝る外国の選手と対戦するのには高い壁があるが、それをカバーするため、戦術を工夫しテクニックで先ずは1勝を目指して闘っている。残念ながらまだ勝ちはないが、相手チームからセットをとった試合もあり、成長途中にある。この調子で頑張って欲しいものだ。

昨日はボッチャというなじみのなかった競技もあった。おもしろい競技だったのでまた明日にでも紹介したい。

(=^・^=)kinop

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blogblog モブログ / 2008.09.11 09:16 / TB[0] / CM[0]


ネコナデ       モブログ 
20080909083316
今朝は晴れ。日本全国、晴れマークだ。気温もそんなに高くなく、涼しい朝だ。

最近、観たい観たいと思いながら観れていない映画がある。ネコナデという映画だ。
詳しい内容はよく知らないが、大杉漣さん主演の猫好きにはたまらない映画のようだ。主人公は鬼のように厳しい課長。自分にも周りにも厳しく生きてきたが、捨てられた子猫と出会って、人生が少し変わってくるという感じの映画のようだ。最初から筋をあまり知らない方が良いかな。

テレビやインターネットで予告編を見たのだが、子猫が可愛いのに加えて、猫に語りかける大杉漣さんがまた良い。猫を抱きながら大杉漣さんがこう言う。「お前といると胃の痛みがなくなるんだよ。」
良いなあ。確かにTORAの顔を見ると不思議と笑顔になるなあ。動物には不思議な力がある。ビー玉のような真ん丸の目でじっと見られると一緒少々嫌なことがあっても顔が綻ぶ。息子に説教していると必ずあいだに座り顔を見つめる。感情的になっている自分に気付く。
まるで、お父さん変な顔になってるよ。笑って笑って。と言われているようだ。

残念ながらまだ見れていないが会社の近くの映画館でも上映しそうなので、行ければ良いなあと思っている。ブログ友達のサンザシさんなんか好きそうな映画だと思うなあ

20080909084208

こっちはわが家のネコナデ

(=^・^=)kinop

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blogblog モブログ / 2008.09.09 08:33 / TB[0] / CM[1]


Blade Runner       モブログ 
20080908130033
今日は気になる話題がもう1つあるので昼休みにアップした。
皆さんは、オスカー・ピストリウスという凄いアスリートをご存知だろうか。
インターネットやwikipediaから彼について調べてみた。

両足の膝から下にある腓骨(ひこつ)が生まれつきない障害を持つ南アフリカの陸上競技者だ。腓骨がなかったため、生後11ヶ月で両足の膝から下を切断した。ラグビー、水球、テニス、レスリングなどのスポーツを経験し、2004年から陸上競技を始めたそうだ。膝から下にカーボン製のブレードを装着し、トラックを駆ける彼は障害者陸上競技で多くの記録を持っている。彼の自己ベストは100m:10秒91、200m:21秒58、400m:46秒25。驚くべき速さだ。健常者でも100mを10秒台で走るのは大変なことだ。

そんな彼が、今年オリンピック出場に挑もうとした。目指す種目は400m。国際陸上競技連盟は、カーボン製の義足による推進力が競技規定に抵触するとするとしてこれを却下。しかし、スポーツ仲裁裁判所は判断を覆し、ピストリウスが健常者のレースに出場することを認める裁定を下した。
北京オリンピックの参加標準記録(A標準45秒55、B標準45秒95)を突破すれば出場可能だった。しかし、スイスで行われた競技会での400mの記録は、46秒25と自己ベストであるが標準記録には及ばなかった。もうひとつの可能性として4×400mリレーがあったが、南アフリカ陸上連盟は出場選手には選ばなかった。残念ながらオリンピックには出場できなかったが、すごい選手なのだ。

20080908130908
ブレードを装着し、駆け抜けるその姿から彼は、"Blade Runner" と呼ばれている。パラリンピックで彼の雄姿を見たいものだ。

(=^・^=)kinop

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blogblog モブログ / 2008.09.08 13:00 / TB[1] / CM[1]


柔の道       モブログ 
20080908094058
今朝は雲もあるが、一応晴れ。最近、朝は晴れていても午後から曇り空になったり、雨が降ることが多い。という訳で一応晴れ。

パラリンピックは昨日から競技が行われている。柔道の藤本さんをはじめ、初日から何人もの選手がメダルを獲得した。おめでとう!
残念ながら藤本選手は四連覇はならなかったが、見事銀メダルに輝いた。

昨日、初めて知ったのだが、柔道の外国の選手はプロが多く、柔道の練習に専念してパラリンピックに臨むそうだ。オリンピックと違い視覚障害がある選手のため、組んだ状態から試合を開始する。これは、こっちの方が柔道らしいような気がする。
また、最近のパラリンピックではレスリングスタイルの組み方が多く、足を取り寝技に持ち込むそうだ。日本の選手は外国人対策としてレスリング選手に協力を得て、トレーニングをしている。たしかに見ていると低い構えから足にタックル選手が多かった。柔道というのならこれはルールである程度規制した方が良いと思う。なんかフォール勝ちがないのを除けば、レスリングと変わらない。

これも初めて知ったのだが、パラリンピックには聴覚障害の人は参加していないそうだ。聴覚障害の団体でのスポーツ競技も歴史が古く、別に世界的な大会をしており、パラリンピックにはまだ加わっていないとのことだ。

ロサンジェルスオリンピックの金メダリストの山下さんが話していたが、柔道界では、以前より障害者の選手達との交流があり、古賀さんや最近に引退された井上さんも一緒に稽古をしたことがあるそうだ。

山下さんが、井上康生さんが筑波で障害者の人達と稽古をした時のエピソードを話されていた。井上選手は練習に行った時、稽古をする選手達の柔道着が余りにも傷んでいてびっくりしたそうで、山下さんに相談しにきたらしい。彼らに個人的に新しい柔道着を着てもらうようにしたいんですけど、スタンドプレイになるでしょうかと尋ねた。山下さんはその時に実態を聞き、それは柔道連盟がしなければならないことだと思い、柔道連盟で話をして柔道着などいろいろとバックアップをするようになったそうだ。

一流のアスリートは、もちろん強いことが大事だが、人に感謝し自分だけで闘っているのではないということを分かっているんだなあと実感した。

(=^・^=)kinop
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blogblog モブログ / 2008.09.08 09:41 / TB[0] / CM[0]


パラリンピックとオリンピックの同時開催       強く思うこと 
Paraltnpic2008.jpg

9月6日から9月17日までの12日間、先日までオリンピックで沸いた北京でパラリンピックが開催される。障害に立ち向い様々なスポーツで活躍する世界のアスリートが、競い合うオリンピックと同じ4年に一度開催される国際的なスポーツイベントだ。オリンピックと異なるのは唯一、傷害があるかないかだけだ。
以前からずーっと思っていたが、何故オリンピックと同時開催しないのだろうか。時期を分け、オリンピックが閉会して少ししてから開催される。テレビ放送も極端に少ない。NHKが毎日21時からハイライト放送するだけで、民放はスポーツニュースでハイライトを紹介するだけだ。

オリンピックでは最大のスポンサーであるアメリカが強い水泳はアメリカのゴールデンタイムに合わせて、選手の負担を無視して午前中に試合を行った。バレーボールはやはり人気の高いヨーロッパに合わせて夜遅い時間に試合を行ったと聞く。商業的な価値が高いこともスポンサーが必要なことも理解は出来るが、あまりにも商業主義に偏ったオリンピックは本来の意義を見失っているように思う。アフリカの国では他国の選手を帰化させてメダルを獲得し、多くの国ではいまだにドーピング検査で多くの選手が資格剥奪や失格になっている。

以前、マーダーボールという車椅子のバスケットボールのドキュメンタリーを見たことがある。マッチョなアスリート達が、車椅子を駆使してぶつかり合いながらゴールを奪うその迫力に驚いた。決して障害を持つ人たちの親善目的だけの試合ではなく、技術や勇気を競い合うアスリートの祭典なのだ。
競技はアーチェリー、陸上競技、自転車、馬術、サッカー、柔道、パワーリフティング、ボート、セーリング、水泳、射撃、バレーボール、フェンシング、テニス、卓球、ラグビーにボッチャという球技があり、ハンディキャップに合わせて、ルールをアレンジして競い合う。

もしも、日本がイギリスの次にオリンピックを開催できたら、是非是非オリンピックとパラリンピックの垣根をなくし、同時開催してほしい。陸上競技でも水泳でも交互に競技を行えば本当に素晴らしいことだと思う。特別視するのではなく、同じ土俵で見れることが素晴らしい。区別したままでは何も変わらない。アスリート達の素晴らしい技やファイトを見逃しているかもしれない。
健常者と障害者が力を合わせて闘う団体戦なんか実現したら本当に素敵だろうなぁ。

日本に生まれて良かった、世界の国の人からこれがオリンピックだと世界に誇れるオリンピックを実現して欲しいものだ。


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blogblog 強く思うこと / 2008.09.06 21:21 / TB[1] / CM[0]


ヒロシマナガサキを観て       映画 
HirosimaNagasaki.jpg

今日、TSUTAYAでヒロシマナガサキを借りてきた。広島・長崎で被爆した生存者14人と原爆投下に関わったアメリカの人達の証言に記録映像を合わせたドキュメンタリーである。アメリカの大手メディアHBOが出資し、昨年の8月6日、広島に原爆を投下した日に全米で放送された。監督はロサンゼルス生まれの日系三世のスティーブン・オカザキさん。英訳された「はだしのゲン」を読み、広島・長崎に投下された原爆に興味を持ち、1981年に広島を初めて訪れ、核の脅威を世界に知らせるため、25年の歳月をかけドキュメンタリーを完成させた。証言と記録を綴り、主観的なナレーションは一切ない。映像を見て、見た人が核兵器がどういうもので、原爆投下した時に何が起こったのかを知るために綴られている。

ヒロシマナガサキ映画の冒頭、渋谷駅前の風景が映り、若者達にある質問をする。「1945年8月6日に何が起きましたか?」誰も答えられる若者はいなかった。作為的な演出ではないかと思ったが、特典の監督インタビューで、取材をした時に本当に誰も答えられなかったのに日本のスタッフも驚いていたと語っていた。これは、若者の問題なのだろうか。若者でなく、大人に問題があるように思う。昔、私達の子供の頃、夏休みの8月6日か8月15日は登校日になっていて、校庭で黙祷した記憶がある。もちろん原爆の悲惨さは理解していなかったと思うが、今はそれすら行われていないところが多いと聞く。やはり、教育のあり方に問題がるように思う。監督も言っていたが、忌まわしい記憶を忘れたいのは人間の心理だが、この世界がいかに恐ろしい恐怖の上に成り立っているかを忘れないためにも風化してはいけないことだろう。君が代や国旗掲揚に反対し、護憲を唱えていながら、何ゆえ原爆の恐怖を伝えていく教育が後退しているのだろうか。

「はだかのゲン」の作者である中沢啓治さんは、「軍隊は持たない、戦争をしない、兵器を持たないと謳った憲法が出来て本当に良かったと喜んだと言われていた。この憲法九条と自衛隊の矛盾については過去より議論になり、改憲の動きも出ている。日本から戦争を仕掛けることはないが、攻められた時に丸腰では話にならないとか、日本はなんだかんだ言いながらアメリカの核の傘に守られているという話になる。ある意味それは事実かもしれないが、問題の本質は違うように思う。

攻めてくるかもしれないという疑心暗鬼が不幸なループを生んでいる。冷戦時代のソ連とアメリカが競って核兵器の配備を進めたのは、まさに攻められるかもという恐怖が生んだものだ。それに追随してフランスやイギリス、中国、インドと恐怖の連鎖は果てしない。今では、他国への威圧のために北朝鮮までもが核を保有しようとしている。日本が軍隊を持っても持たなくてもこの恐怖はなくならないだろう。
人間がこの地球上に生きている限り、戦争はなくならないという考えは普遍と信じているからだ。日本人の一般的な人の考えはどうだろうか。私には、誰も戦争を起こしたいと思っていないし、核兵器を持つことが幸福につながるとは考えていないと思う。自分の命は自分で守るという建前で成り立つアメリカの銃社会が、良い見本だろう。信頼関係を築く努力と戦争の無意味さを訴えていくことは幸福につながるが、疑心暗鬼はより悪い方向に向かうだけで何も生み出さない。

日本は、第二次世界大戦に敗れ、非核三原則を堅持し、戦争放棄した世界で唯一の戦争による被爆国だ。原爆で数十万の人達の尊い命が奪われ、大きな不幸にあった。日本は中国や韓国を初めとしたアジアの人達にも不幸を与えた。ハワイのパールハーバーにも奇襲攻撃を行った。日本人だけが戦争で不幸になったわけではない。世界中の多くの人々が、傷つき悲しむのが戦争なのだ。
たとえ時間が掛かろうが、すぐに結果が出なかろうが、私達日本人こそ世界に平和をうったえていけることが出来るのではないだろうか。

国が違えば風習も風土も違う。必然的に環境によってものの考え方も違うだろう。でもだからといって戦争はなくならないと考えるのは不幸だろう。以前、爆笑問題のテレビ番組で原爆に関する議論があった。その番組には被爆体験をされた方も出演されご自身の体験を語られた。その番組のなかで、ある文化人が、「残念だけど、核はなくならない。技術の進歩を試したくなるのが世の常だからなくなることはない。」と発言した。今のままでは確かにそうなのかもしれない。でも、それを変える試みもせず、そうですねという考えは受け入れがたい。

平和を望む真摯な姿勢はきっと伝わると信じ、地味で地道でもいいから日本は世界平和をうったえてほしい。ああ、日本人に生まれて良かったと思える活動をしてほしいものだ。

映画の後半にある被爆者の方がこう語っていた。

「体の傷と心の傷、両方の傷で苦しみながら生きている苦しみ私達だけで十分です。」

現在、世界で保有する核兵器は広島に落とされた原子爆弾40万発に相当する。
平和と信じている世の中は、そういう恐怖の上に成り立っているということをみんなが知らないといけない。

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blogblog 映画 / 2008.09.06 17:03 / TB[0] / CM[0]


ヒロシマナガサキ       モブログ 
20080903095036
今朝は晴れ。今日も暑い1日になりそうだ。まだ暫くは残暑が厳しいようだ。
20080903100604G8下院議長会議が、日本の河野洋平衆院議長がホストとなり、広島市で行われた。各国議長により「平和と軍縮」などを議題に議論した。
アメリカの政治の要職者としては、大統領を引退後のカーターさんを除くと最高位だそうだ。平和記念碑にも献花され、原爆の資料館にも行かれたそうだ。
1945年8月6日に広島に原爆投下されて今年で63年。実際に広島に訪れ、原始爆弾がいかに非人道的で残酷な兵器であり、戦争の無意味さを知識ではなく実感して、良い方向に進展してほしいものだ。

原爆は1945年8月6日に広島に投下され、3日後の9日に長崎にも投下され、20万を超える人達の命を奪った。その後も放射能の影響で数十万の人達が、亡くなった。大人も、子供も、妊婦も、老人も、赤ん坊も差別なく殺傷の対象となった。
被爆し、現在もご存命の犠牲者や犠牲者のご子孫は、後遺症に苦しみ、心の傷は癒えていない。

原爆投下は、なぜ広島と長崎になったのだろうか?

wikikipediaによるとこう書かれていた。
1945年4月27日に米軍の目標検討委員会の第1会議が開かれ、選定基準により、まず17地域が対象に選ばれた。

選定基準の要約は以下の通り。

・市街地が約4.8キロメートル以上の直径を持つこと、また市街地周辺にも居住地が広がっていること。
・投下目標は、東京から長崎の間に位置している都市とすること。
・目標とする都市が、高度な戦略的価値を持つこと。

結果として対象として選ばれた都市及び地点は以下の通り。

◆関東
東京湾、川崎市、横浜市
◆東海
名古屋市
◆関西
大阪市、神戸市、京都市
◆中国
広島市、呉市、下関市、山口市
◆九州
八幡市、小倉市、熊本市、福岡市、長崎市、佐世保市

京都も横浜も最初は対象だったのだ。京都は盆地のため、効果を検証するには理想的だったため、強く推す将校もいたそうだが、文化遺産が数多くあり、占領後の日本国民の感情から候補から外れた。
また、空爆が行われておらず、被災が少ない地域が条件に加わり、広島、小倉、長崎、新潟が最後の方まで残り、最終的に地理的な問題から広島、小倉、長崎が残った。実際には小倉には投下されず長崎に投下されたが、2回目の投下の第一目標は小倉だった。投下目標を誤った結果、長崎の浦上地区に投下された。

アメリカは戦争を早期終結するためにはやむを得なかったと言うが、本当にそうなのだろうか?

・広島で約14万人もの命を奪い、何故長崎にも原爆を投下し、更に約7万人を殺す必要があったのか。
・すでに日本の敗戦が濃厚になったこの時期に急ぐ必要があったのか。

8月6日に広島に投下されたのはウラン型、9日に長崎に投下された爆弾はプルトニウム型と明らかに研究を目的に2回投下を行ったのだ。戦争が終結する前に原爆の威力を確認し、ソビエトに対して見せつけたかったのではないだろうか。
アメリカの一般の人達には、戦争の早期終結を唱えながら、悪魔の兵器を投下する準備は着々と進められたのだ。

今の若者に1945年8月6日に何があったかと尋ねても知らない人が多いそうだ。それは彼らの責任というより、この地球で戦争による最大の災禍の歴史を風化させない思いが教育の場から失われてきているからだ。
アメリカではHBOというアメリカ資本の大手メディアが出資し、White Light,Black Rainという映画が制作された。この映画は14人の生存者や原爆投下に関わった人達の証言と記録映像を纏めたドキュメンタリである。起こった事実と証言を淡々と綴り、見た人に考えてもらう映画のようだ。
アメリカではテレビ放映され、実際の姿を見て大きな反響があったそうだ。多くの学校で教材として使われているらしい。
日本でも「ヒロシマナガサキ」というタイトルで公開され、DVD化もされている。私もまだ見ていないので是非見たいと思っている。
日本の学校でもアメリカのような取り組みをし、子供達に伝えなければならないと思う。

20080903101004

原爆の閃光により、影だけを残し亡くなった人の写真を見て、日本は最初で最後の被爆国となって欲しいと願うばかりだ。

(=^・^=)kinop
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blogblog モブログ / 2008.09.03 09:50 / TB[0] / CM[0]


また辞めた       モブログ 
20080902091613今朝は曇り空。季節の変わり目なのか、不安定な天気が続いている。

昨晩は、紳助さんの番組を見ていたら急に画面が切り替わり福田首相の辞任記者会見の模様が映し出された。
在任1年ほどの退任となる。安倍さん同様に突然の辞任表明だ。

もともと、福田さんは就任の時も、「総理大臣になりたいと思ったことはない。自分の意志ではない。」と言っていた。じゃあ、なんで総理大臣になったのだろうと思っていた。結局は自分が総理大臣の器じゃないと分かって辞められたような感じだ。民主党に対する不満、公明党との連立に対する不信感、やるだけのことはやったという自負を語り、国民のためを思い最適な時期に辞任したそうだ。最後に自分のことは客観的に見られるとも言っていた。客観的に見られるのならば、何故に総理大臣を引き受けたのだろうか。
誰が総理大臣になっていたとしても、劇的に状況が良くはならないだろう。だけども、もしその総理大臣の真剣さが伝わり、その言葉を信じようとした時、少しずつでも状況は変わるだろう。

最近の状況の変化は、まるでゲリラ豪雨のようで、ガソリンも国際的な投機で高騰し100円台の前半だった価格が180円を超えている。1.5倍にもなる高騰で食料品も値上がりしている。全国の漁師さんは、あまりにも大きいガソリン代の価格のため、全国一斉の休漁に踏み切った。高価なガソリンで漁にでれば水揚げがあつたとしても、採算がとれないそうだ。
しかし、政府は無為無策のまま、状況は何も変わらない。
リーダーシップを取り広く意見を求めスピーディーに具体策を打ち出さなければならない総理大臣の口からはなにも具体策が語られることはなかった。

安倍さんが総理大臣になられた時は、その真剣さに期待をしたが、精神的なタフさが足りず、思い半ばで総理大臣の職を辞された。
次の総理大臣の大方の予想は、前回の自民党総裁選で福田さんに敗れはしたが、大勢の予想以上に票を集めた麻生さんが、自民党総裁に選ばれ、総理大臣になるという見方だ。麻生さんは人気もあるし、ざっくばらんに分かりやすく話す人なので、この後の解散総選挙を考えると麻生さん以外はないだろう。

不安は、安倍さんのように心が折れ、思ったことが出来ず、志しを曲げなければならないかということだ。
安倍さんが頑張って北朝鮮に拉致された日本人の解放が進展すると被害者の家族の皆さんも国民も期待していただけに残念だった。
自ら選び自ら潰す自民党には嫌気がさす思いだ。小泉さんのタフさを見習って次期総理には頑張って欲しいものだ。

(=^・^=)kinop

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blogblog モブログ / 2008.09.02 09:16 / TB[0] / CM[0]


あぁ、恥ずかしい       モブログ 

今朝は晴れ。週末は蒸し暑かった。もう少ししたら秋。夏の日ももう終わり。今日から9月だ。

この週末は、24時間テレビが放送された。毎年、夏休み最後の週末に放送される。おなじみのプログラムだ。今年は、大人気のエド・はるみさんがマラソンにチャレンジしていた。テーマは誓い。メイン・パーソナリティは嵐と仲間由紀恵さん。
多くの難病と闘う子供達や障害を乗り越えようと懸命に生きている人達の姿を紹介していた。生れついて手が欠損していたり、脳や内臓に障害がありながら前向きに生きようとしている姿に感動した。また、不治の病と懸命に闘い、残念ながら天国へ旅立った人達が、何を思い勇気をもって生き抜いたのかも伝えていた。海外のカンボジアでは多くの子供達が母子感染によりHIVになり、病気や差別に体も心も傷つきながら、生きようとする姿があった。
事故、病気、先天性障害、社会環境から起こった不幸。様々な事実を知ると自分の身に何も起こらなかったのは偶然だったと実感する。今は元気であっても、起こるかもしれない。だから、彼ら彼女らが特別ではない。もしかしたら、同じ困難が自分に起こっていたかも知れないのだ。
不治の病で闘う娘さんが辛さに耐え兼ねて、お母さんに何故わたしだけ?と聞いたそうだ。お母さんは娘さんにこう言った。
「あなたは強い子供だから、きっとこんな病気なんか乗り越えられると神様は信じて、あなたに宿題を出したのよ」
娘さんはその言葉を信じて神様からの宿題をやり遂げようと泣き言を言わず笑顔で生き抜いたそうだ。
なんて強い心なんだろう。自分は彼女のように真剣に生きているのだろうか。彼女は短い生涯を懸命に生きた。短すぎる生涯だが、光り輝いた生涯だった。

困難に立ち向かう子供達は明るい笑顔の子が多かった。
左腕の肘から先がない女の子は、左腕の残った部分を巧みに操り、ピアノを見事に演奏していた。両腕がない少年は、100mの距離をプールの底に足をつけることなく泳ぎきった。全身の皮膚が剥がれ落ちる難病の魚鱗癬と闘う男の子は取材を受けて知ったテレビ局のディレクターの仕事に興味を持ち、同じ魚鱗癬と闘う子供達の笑顔姿をビデオに収めていた。小児癌でお子さんを亡くしたご両親は、小児癌で苦しんでいる人達を支援する活動に参加されている。カンボジアのHIVに感染した少女の夢は医者だと語っていた。
HIVや魚鱗癬は、感染するといった誤った情報や見た目だけで、心ない差別を受けている。
みな、前向きで真剣に勇気を持って、夢を信じて明るい笑顔で生きていた。

チャリティによって、彼ら彼女らを支援することは本当に良いことだと思う。ただし、それは施しではない。自分だけで生きているのではないから、同じ地球に生きている仲間が苦しんでいるからであって、自他の区別をすること自体が誤っているように思う。

少なくとも、あのテレビを見て、生きる意味、勇気とは何かを教えてくれたのは、私たちじゃない。彼ら彼女らだ。
私が出来ることといえば、日本テレビのサイトからチャリティ待ち受けをダウンロードして募金する程度だ。自分の不真面目さが嫌になる。
動機は何だって良い。嵐のファンだから、ゴクセン見てたから、テレビ見て感動したから。理由は様々だと思うが、斜に構えず素直な気持ちで行う募金は良いことだと思う。

彼ら彼女らを見習って、真面目に生きないといけないなぁ。

(=^・^=)kinop
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blogblog モブログ / 2008.09.01 09:56 / TB[0] / CM[0]



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